松井 大輔
株式会社ゼロック 代表取締役 監修
目次
カーボンニュートラルという言葉が近年話題になっています。
そして、国や企業はどんどんとカーボンニュートラルのアピールをし始めています。
しかし、ここまでいきなり騒がれだすと、アピールの内容におかしさを感じたり、何か意図があるのではないかと思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
たしかに、ビジネスの場、政治の場、メディアの場と、「カーボンニュートラル」は様々な使い方をされ、専門家の立場からすると、あれ?と思うようなことも実はたくさんあります。
本コラムでは、カーボンニュートラルの正当性、矛盾点、問題点、必要性などについて、専門家だからこそ言える主観も含めながらお話しします。
カーボンニュートラルの概要
まずは簡単に、カーボンニュートラルの概要を説明します。
カーボンニュートラルは、温室効果ガスの排出と吸収が釣り合い、地球全体として濃度が変わらない状態のことを言います。
地球温暖化が進んでいることは皆さんご存じかと思いますが、その大きな理由として、私たち人間が排出する温室効果ガス(CO2等)が挙げられます。
そこで、地球温暖化を止めるために、これ以上CO2を排出しない、すなわち「カーボンニュートラル」が求められている。
というのが一般的な流れです。
カーボンニュートラルは本当に必要?
科学者の答えは「お金をかけても必要」
まずは最初の本質的な疑問、そもそもカーボンニュートラルは本当に必要なのか、を確認してみます。
実は、この問いに対しては世界の研究者たちが、ここ数十年研究を続けてその答えを発信しています。
特に有名な報告書が、気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)が出している報告書です。
2021年から2022年にかけて報告されている最新のIPCC第6次報告書においては、「2050年~2100年でのカーボンニュートラル達成は必要」とほぼ近い結論になっています。
科学的には、カーボンニュートラルを達成することで、人間や生態系への被害・リスクを減らせることはほぼ間違いありません。
なお、追加で知っておくといいことは、以下の3点です。
- 産業革命以前と比較して、地球温暖化を「+1.5℃」ないし「+2℃」までに抑えることは前提としている
- 完全な「ゼロ」でなくても大丈夫かもしれない
- 多くの不確実性を含んでいる
カーボンニュートラルは誰にとって必要?
環境問題を考えるうえで非常に重要なポイントは、「誰にとって必要なのか」という観点です。
もしくは、「今のままだと誰が不利な状況にあるのか」とも言いかえれるかもしれません。
これは、気候正義という文脈で語られるポイントです。
カーボンニュートラルが誰にとって必要なのか。
一般的な答えは「将来の人間や生態系にとって必用」という回答になります。
もちろん、今でも様々な異常気象のニュースが話題になったりと、既に被害を受けている人はたくさんいます。
将来はどうなる?
しかし、将来の人々が受ける被害はこの程度ではないとされています。
また、重要なポイントは、温室効果ガスの排出の影響は100年もの間続くことです。
すなわち、現代に生きる私達が快適に生きるための割を将来世代が背負っていくことになります。
この爆弾ゲームのような仕組みがあるからこそ、ミクロでみるとカーボンニュートラルを達成しないほうが得する人が多いことも間違いないでしょう。
特に、上の立場にいる人(年齢が高い人)にその傾向は強くなります。
ただし、もはや自分事になっている世代が出てきています。
IPCCの報告書では、2050年~2100年の被害予測が出ていますが、その被害の積算はカーボンニュートラル達成のコストより大きいとしています。
このように、「自分事」「他人事」の人たちが混ざっており、その認識も様々だからこそ、「あたかもそれらしくカーボンニュートラルを語る人」たちに対して、冷めた目で見てしまうのかもしれません。
日本が頑張る意味はあるのか?
日本のCO2排出量は、世界全体の3%
今この文章を読んでいる読者のほとんどは日本にいると思いますが、世界のCO2排出量のうち日本が占める割合をご存じでしょうか。
答えは、約3%です。
一番多いのは予想通り中国で、次にアメリカ、インドと続きます。
この3か国でおおよそ半分の排出量を占めており、日本は第5位ですが、総量としては3%となっています。
国 | 排出量の割合 |
---|---|
中国 | 29.5% |
アメリカ | 14.1% |
インド | 6.9% |
ロシア | 4.9% |
日本 | 3.2% |
また、今後の話をすると、どのシナリオにおいても日本のCO2排出量の割合は減っていくことが予想されています。
そもそもここずっと、日本の割合は下がり続けています。
世界の人口が増えるにも関わらず、日本の人口は減っていくため、当然といえば当然です。
カーボンニュートラルは日本より中国で10%削減したほうが価値がある
一つ知識として、温室効果ガスには「地域性」がありません。
日本でCO2を1トン排出した時の被害と、中国でCO2を1トン排出した時の被害は同等とされています。
また、もう少し経つと、中国のCO2排出量は日本のCO2排出量の10倍以上になると予測されています。
すなわち、日本のCO2排出量をゼロにするより、中国のCO2排出量を10%削減したほうが地球全体のCO2は削減され、被害は小さくなります。
そこで、よくある議論が生まれます。
もともとの目的は地球全体でのカーボンニュートラル達成でした。
それならば、まずは中国など大きい地域に働きかけたほうがいいのではないか?という意見です。
中国のCO2排出量が毎年増加していくなか、無理して日本でカーボンニュートラルを達成することに意味があるのでしょうか。
それでもニュートラルを達成すべき
結論ですが、日本でもカーボンニュートラルは達成する意味があると思います。
ただポイントは、「日本でも」にあります。
正直、他の地域がCO2を増やし続けるのであれば、日本だけがカーボンニュートラルを達成することにほぼ価値はありません。
これは、環境問題の核となる外部不経済の考え方そのものです。
ただし、中国も2030年でピークアウトと宣言をしていますし、地球全体がカーボンニュートラルの達成に向けて動けるのであれば、日本は先進国として(+人口が減るため下げやすい国として)先陣を切って結果を出すことは重要でしょう。
日本のカーボンニュートラル達成ポイント
なお、日本でのカーボンニュートラル達成の仕方はいろいろ考えられます。
日本は国土が狭いかつ森林が多いため、土地を活用したエネルギー政策などは向きません。
その代わり、海外の土地を利用したり、オフセットしたり、「削減貢献量」という控除を利用するのかもしれません。
このあたりは「カーボンニュートラリティ」の定義やルールの整備によりますが、日本が今よりもCO2の削減に向けて動いていくことは必須だと考えています。
カーボンニュートラルを国や企業は達成する気がある?
国や企業が「カーボンニュートラル」を達成する気があるのか。
おそらく現時点におけるその答えは「ない」となると思います。
「ニュートラル」を達成する経路は全く描けていない
削減をする気はあると思いますが、ニュートラル(ゼロ)にする気があるのなら凄いものです。
もしかしたら本気で達成することを考えているのかもしれませんが、少なくともその経路・道筋を描いている人は一人もいないでしょう。
そのため、達成するつもりかどうかの前に、その可能性の検討すらなかなかできないのが現状です。
たとえば、最近では東京都が住宅用太陽光発電を義務化することが話題になりましたが、対象はわずかです。
また、住宅以外は関係ありません。
いま作る建物は2050年まで残る可能性が高いため、カーボンニュートラル達成のためには結局途中で何かしらが必要になることは間違いありません。
2050年カーボンニュートラルを実現できるよう、あらゆる選択肢を追求する
エネルギー基本計画の概要(資源エネルギー庁)
あくまで選択肢を洗い出しているのが現状と言えるかもしれません。
だからそこ「やってるふり」としか思えないケースも多くあるのです。
カーボンニュートラル実現は難しい
ただし、それもある程度しょうがない部分はあります。
そもそも、カーボンニュートラルを達成することは相当に困難であることは数々の報告書により既にわかっています。
他の様々なものを犠牲にしたとして、土俵に上がれるかどうかもまだわかりません。
そして、将来にわたる話なので、今の判断の妥当性もわからず、2100年の結果を見てからでないと良し悪しが判断できないかもしれません。
定量的な宣言と定性的な行動に価値がある現在
さて、ではこの現状でどうするか。
2022年の現在、環境業界においては「宣言」に価値がある状態と言えます。
パリ協定ももちろんですが、企業や自治体レベルでも気候非常事態宣言や、SBT、TCFD賛同など、多くの環境宣言が存在し、何か目標を打ち立てています。
いままではこの宣言すらほぼなかったため、地球全体、国、地域、企業とトップダウンで目標を開示することにより注目を集めています。
そして、このような宣言が定量的になってきていることもポイントです。
「カーボンニュートラル」は、ゼロという定量的な目標値ですし、そのような数値目標の開示が重要となってきています。
カーボンニュートラル宣言の実情
しかし、実際の行動はというと、定性的なものにとどまっていることがほとんどです。
「弊社はこんな取り組みをしました」「環境貢献しています」「自治体として太陽光を導入しました」という行動はしますが、それが定量的な目標値に対して何パーセント寄与しているかを考えていることは稀と言えます。
ただし、現状では、この宣言の有無と定性的な行動のみで価値があります。
投資家や業界の動向として、それ以外が価値になるケースが少ないためです。
しかし、今後においては、そのサステナブル目標の妥当性や実現性を踏まえたGX戦略が求められるでしょう。
消費者や投資家の目も肥えてきて、ただアピールをしているエセ環境宣言は淘汰されていくことになります。
オフセットでニュートラルと言っていいの?
カーボンニュートラル「達成」をアピ―ルする企業
今までの話のように、カーボンニュートラルは達成が非常に困難です。
一方、カーボンニュートラルを達成したと宣言する商品などが存在します。
また、2025年や2030年に組織としてカーボンニュートラルを達成すると目標を打ち出す企業も増えてきています。
付け加えるならば、カーボンニュートラルの認証制度なども存在します。
小さい部分でも実現できているものがあるのなら、それを拡大すれば地球全体でカーボンニュートラルが達成できるのではないか?と思う人もいるでしょう。
逆に、地球全体で困難なのに、どのようにそのような商品や企業はカーボンニュートラルを達成するのか、気になる方もいるでしょう。
カーボンニュートラリティの定義は様々
まず話をややこしくしているのは、カーボンニュートラルの話は、様々な対象範囲でこの言葉が使われていることです。
- 地球全体のカーボンニュートラル
- 国・地域のカーボンニュートラル
- 企業のカーボンニュートラル
- 商品のカーボンニュートラル
いままでお話しした通り、最も大切なことは地球全体のカーボンニュートラルです。
この「地球全体のカーボンニュートラル」の定義は、様々な場面でほとんど共通しています。
一方、国や企業、商品のカーボンニュートラルは、人ごと場面ごとに様々な定義で利用されています。
そして、それらの定義には、地球全体のカーボンニュートラルでは絶対に出てこない概念が利用されます。
- オフセット
- 排出権取引
- 削減貢献量
特に、自社の排出量を下げるために計算や活用のしやすいカーボンオフセットはよく利用されています。
さて、本当に重要なニュートラルは地球全体だとして、上のような概念をカーボンニュートラルに入れていいのでしょうか。
これに対する答えは「良いと言われていることが多い」になります。
特にオフセットに関しては、ほとんどの場面でカーボンニュートラルのアピールに利用されています。
現状の「カーボンニュートラル」は、社会全体がカーボンニュートラルじゃないからこそ実現できる
ただし、これらの状況に対してよく言われる問題点は、持続可能な制度ではないことでしょう。
カーボンオフセットや再生可能エネルギーの利用によるカーボンニュートラルのアピールは、全ての企業がそれをしようと思ってもできません。
世の中の上澄みをすくっているような計算であるため、水自体がきれいになったわけではないことには注意が必要です。
ただし、移行期においては、このような制度があるからこそ社会全体もカーボンニュートラルにドライブされます。
私たちは、このような面も踏まえながら、誰がどのような定義でカーボンニュートラルを表現しているのか、注意する必要があります。
なお、組織や商品のカーボンニュートラルにこれらの概念を入れるべきか、入れないべきかの議論は現在進行形で進んでいます。
ISOで「カーボンニュートラリティ」のワーキング中となっており、2022年時点でまだ策定はされていません。
他の環境・社会問題を犠牲にしている?
最後に、「カーボンニュートラル」の達成が、他の問題を引き起こしているのではないかという議論です。
SDGsが17の目標であらわされるように、私たちの社会には解決すべき課題/問題がたくさんあります。
その中でも、17分の1でしかない気候変動に多くの注目が集まっていることは事実でしょう。
気候変動は定量化がしやすい
そもそもなぜ気候変動やカーボンニュートラルが注目を集めるか?
その理由の一つは、非常にわかりやすいからだと思います。
CO2の排出量は数値で簡単に表すことができます。
また、地球の平均気温も簡単にわかりますし、私たちにとってとても身近です。
いろいろ解決するべき課題はあるけれど、CO2を下げることはその方法も結果の評価もしやすく、政策などに当てはめやすい分野です。
他の問題とトレードオフになる可能性は高い
一方、CO2排出量を低下させることで他の問題を増加させる可能性は高いといえます。
ただし、これはCO2に限った話ではありません。
今現状の世の中というのは、何かしらの力が釣り合って成り立っているため、どこかをたてようとすれば、どこかに歪みが生じてしまいます。
そのため、カーボンニュートラルを達成するために太陽光パネルを普及させることが、ウイグル問題につながるかもしれませんし、資源枯渇を引き起こすかもしれません。
ただ、IPCCの報告書においては、気候変動の解決はSDGs達成に寄与する方向が強いとしています。
しかし結局ここで大事なことは、まったくゆがみを発生させないことではなく、最適解を導くことです。
統合化という道も存在するがまだ同意に至るには道半ば
そこで、被害の「統合化」という研究分野が存在します。
環境の影響や社会の影響がいくつかある中で、それをまとめて数値化します。
トロッコ問題と同じような話ではありますが、何を重要視すればいいのか、最適解を導き出す方法論があることは重要です。
たとえば、日本にもLIME3((Life cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling 3)などが存在します。
ただ、まだまだ全ての影響を同意を得られる形で評価することは難しいというのが現状であり、追加的な評価にすぎません。
結局、「他の影響を犠牲にしてCO2を減らしていいのか?」という質問に対して、明確にYesやNoと答えられる状況にはなっていません。
まとめ
以上、カーボンニュートラルは「おかしい」「変に感じる」部分について解説してきました。
単純なイエスノーではありませんが、まとめると以下の通りです。
- カーボンニュートラルは本当に必要? ⇒ 「Yes」
- 日本が頑張る必要はあるの? ⇒ 「Yes」
- 国や企業は達成する気はあるの? ⇒ 「No」
- オフセットでニュートラルって言っていいの? ⇒ 「Yes」
- 他の環境・社会問題を犠牲にしている? ⇒ 「Yes」
べき論に関しては主観によるところも多いですが、CO2は見える化することが可能であり、企業のCO2排出量につても定量的に評価することが可能です。
「カーボンニュートラル」はだいぶハードルも高く自分の感覚と違う部分も多々出てくると思います。
まずは科学的な根拠をもって正しい判断をできるようにしましょう。
カーボンニュートラルについての企業の取り組みや人々の意識は高まり続けています。
最新状況が知りたい方や現在の取り組みに不安を感じている方はぜひ、一度株式会社ゼロックまでご相談ください。