松井 大輔
株式会社ゼロック 代表取締役 監修
目次
ライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment)とは、環境負荷を見える化するための手法です。
「LCA」(エルシーエー)というのはライフサイクルアセスメントの略称です。
ここ数年、地球温暖化によるCO2削減や、SDGs達成の文脈の中でこの言葉を耳にする人も増えたのではないでしょうか。
しかし、LCAという分野自体はとても専門的な領域であり、なかなかとっつきにくいことも事実です。
そこで、LCAを本場でやっている環境コンサルタントが、LCAを初めて見た人でも、LCAの企業担当者にもわかりやすいように「ライフサイクルアセスメントとは何か?」、その考え方から目的、算定の流れ、実際の事例などを元に徹底解説していきます。
その環境評価、「見えていない部分」がありませんか?
- この商品は環境にいいんだよね
- 私たちの会社はCO2排出量半減を達成しました!
最近、SDGsや環境に対するアピールが増えてきています。
こうなると気になるのが、「それ本当?」という疑問です。
そこで、特に問題となるのが、そのアピールには見えてない部分が多いケースもあることです。
たとえば、電気自動車は走行時にCO2を排出しません。
しかし、製造時にはCO2を排出します。
それにもかかわらず、「電気自動車は走行時のCO2の排出量がゼロです!」とアピールすることには違和感を覚えてしまいます。
さらに言えば、「走行時のCO2の排出量がゼロのため、ガソリン自動車より環境に良いです!」と言われると、「そこだけで比較するな」と指摘がくるでしょう。
関連記事:【実事例】SDGsウォッシュとは?回避対策のポイントを解説!
LCAは「ゆりかごから墓場まで」定量的に評価する手法
そこで、ライフサイクル全体で評価する、Life Cycle Assessment(ライフサイクルアセスメント)の出番です。
ライフサイクル全体で評価する考え方
企業のSDGsアピールにおいて、都合のいい一部を切り取るのではなく、ゆりかごから墓場まで全体を評価に含めることができ、先ほどのような問題点がなくなります。
上の図でいうと、以下のような全てのライフサイクル段階を評価に含むことになります。
- 原材料生産
- 輸送
- 素材製造
- 組み立て
- 使用・修理
- 解体
- 焼却・埋め立て・リサイクル
このように、製品やサービスの素材や原材料の調達から、製造、流通、消費、廃棄に至るプロセス全体で評価するのがLCAの特徴になります。
製品ライフサイクルを包括的に明確な数値で公表することがひとつの目的であり、見た人が心底納得できるように環境への取り組みを公表できるのがLCAなのです。
LCAは定量的に評価する
続いてのLCAの特徴は、定量的な評価ということです。
これにより、比較や最適化の検討が可能となります。
例えば、エアコンの例を考えてみましょう。
エアコンは寿命が長いこともあり、製品ライフサイクル全体でみると、使用時の環境負荷が大きいことがわかっています。
全体のCO2排出量の9割を使用時の電力由来のCO2が占めるそうです。
つまり、環境負荷の低いエアコンを開発するためには、いかに使用中の消費電力の低いエアコンにできるかが大きなポイントということになります。
- 生産の仕組みを効率化して、「製造」のCO2排出量を半分にできたエアコン
- エネルギー効率をよくして、「使用」のCO2排出量を半分にできたエアコン
たとえば、上の2つのエアコンを比べたとき、圧倒的に2番がいいことがわかります。
このように、定量的であるからこそ、比較ができたり、数値目標を立てることが可能となります。
数値を全く言わずに「環境にいい商品」がクローズアップされることがありますが、LCAの手法をつかうことで、「どれくらいいいのか?」をわかりやすく明確に示すことができるのです。
LCAは多面的に評価する
最後にLCAの特徴をあげておくと、多面的な評価ができることでしょう。
最近はCO2やGHGが話題のため「LCA=CO2を見える化するための手法」と思われている方も多いですが、まったくそんなことはありません。
CO2やGHGによる気候変動といった領域だけではなく、生物多様性や水資源も見ることができるのです。
さらにいえば、経済影響や社会影響を見ることも可能です。
すなわち、今話題のSDGsの目標でいえば、13の気候変動だけではなく、多くのGoalに関係することになります。
SDGs の番号 | SDGs のタイトル | LCAにおける影響領域例 |
---|---|---|
1 | 貧困をなくそう | 児童労働時間 |
3 | すべての人に健康と福祉を | 有害化学物質 |
7 | エネルギーをみんなにそしてクリーンに | エネルギー消費 |
12 | つくる責任つかう責任 | 鉱物資源消費 |
13 | 気候変動に具体的な対策を | 地球温暖化 |
14 | 海の豊かさを守ろう | 生態毒性 |
15 | 陸の豊かさも守ろう | 土地利用 |
LCAの重要性や必要性が、ここまでの解説でも充分に伝わったのではないでしょうか。
LCAには国際規格:ISO14040が存在する
LCAは主観が入る定量手法
LCAに関する重要な知識のひとつとして、LCAにはその手法論などをまとめた国際規格があります。
それが、ISO14040シリーズです。
LCAは、後程もでてきますが、その定量化には主観が入らざるを得ません(ここが体重測定などと異なるところです)。
さらに言えば、計算した結果の検証も難しく、間違いに気づくことも難しいのです。
そのため、皆が共有できる統一のルールがないと数値が一人歩きすることになり、いわゆる「エセLCA」が蔓延する可能性が高くなってしまいます。
ISOによるルール決め
そこで、国際規格においてLCAの明確なルールが定められました。
一般的にLCAの国際規格といえば、以下の2つがあげられます。
- ISO 14040: Environmental management – Life cycle assessment – Requirements and guidelines
- ISO 14044:Environmental management – Life cycle assessment – Principles and framework
ISO14040はLCAの基本となる規格ですが、実務的に使いやすい形に落とし込まれているのはISO14044です。
もしLCAを実施する際には、ぜひISOの14044を参考にしてみてください。
実際の手順に関しては、後述の「LCAの計算方法」をご参考ください。
関連サイト(英):ISO 14044 Environmental management — Life cycle assessment — Requirements and guidelines
LCAは高い専門性が必要
LCAをするうえで、明確な国際規格の存在は評価者にとって心強いものです。
その一方で、ISOを知らなければ、全てのLCAはエセLCAになる危険性をはらんでいるともいえます。
そのため、しっかりしたLCA結果を公表したいときには、必ずISOのルールを知識として持つ必要があります。
また、ISOで定められたLCAの手順とは、料理のレシピでいうところの「適量」が多く存在します。
適量がどの程度かは評価者の「エキスパートジャッジ」にゆだねられているのです。
これらが、LCAには高い専門性が必要であると言われるゆえんです。
人によっては計算結果が3倍も10倍も変わってしまうことになるのです。
ただ、このようなISOの規格が存在していることを知っているだけでも大きな価値です。
わからないときにGoogleで検索もできますし、サービスを見るときの質の違いにも注目ができます。
LCAとSCOPE3の違いは?
LCAができて初めて正しいスコープ1~3が算定できる
よく「LCA」と「Scope3」は混同されますが、それぞれ異なる意味を持つ言葉です。
LCAはあくまでも環境影響評価の「手法」を指しますが、SCOPE3は、「企業や組織」の事業活動(サプライチェーン)にわたり評価すべき環境影響の「範囲」を表します。
重要なことは、LCAができるからこそスコープ1~3の算定ができるということです。
まずLCAの概念があり、そのあとにスコープ1~3の算定のルールなどが決められているということです。
イメージとしては、「企業のLCA=スコープ1~3の算定」というのがわかりやすいかもしれません。
また、実務的には、LCAは物量ベース、スコープ1~3は金額ベースでの算定が多いなどの違いもあります。
物量ベースのほうが計算が大変ですが、値が正確になるケースが多いため、スコープ1~3の算定も少しずつ物量ベースで計算するニーズが高まっています。
関連記事:Scope3(スコープ3)とは?概要や算定方法を分かりやすく解説
適応する規格
LCAにもスコープ1~3の算定にも、計算のルールが存在しています。
LCAでもっとも有名なのは、先ほど紹介したISO14040シリーズでしょう。
SCOPE3の算定においては、環境省がサプライチェーン排出量の算定ルールを公表しています。
これは、企業がどの責任範囲のなかで環境影響を評価するべきかを定めたものになりますが、計算自体はLCAのルールに則ります。
そのため、繰り返しにはなりますが、LCAの算定ルールを知ることで、スコープ1~3の算定を正しく行えることになります。
最近はスコープ1~3算定のソフトウェアなどもありますが、あくまで使用者がLCAの知識がある前提でないと、国際的に認められるレベルでの算定は難しいかもしれません。
LCAの計算方法
続いて、LCAの算定手順について大まかに解説していきます。
なお、この算定の手順を規定しているのが、先ほどのISO14044になります。
細かい部分を知りたい方は、ぜひ一度は原文をみてみてください。
(1)目的・調査範囲の設定
はじめに、何のために製品を評価するのか目的を決めます。
そして、その目的に応じて「調査範囲」や「影響評価」の方法が決まります。
LCAにおいてもっとも重要なプロセスが、このLCAの目的を決める作業です。
調査であれば何事にも言えることですが、目的によって調査フローや結果の解釈、最終的なアウトプットの形が変わってくるからです。
ISOでは、下記について明確に記載することになっています。
項目 | 例 |
---|---|
意図する用途 | 社内での製品開発に使用 環境報告書に記載して一般に公開 |
実施する理由 | 新製品のCO2削減 |
結果を伝える相手 | 社内の製品開発チーム 一般消費者 |
「一緒に開示することを比較主張」を行うかどうか | – |
次に、対象となる製品やサービスの製造・使用・廃棄までのライフサイクルフロー図を作成し、LCAにより環境負荷を算定する範囲を設定していきます。
これは、システム境界の設定と呼ばれます。
たとえば、下の図はお米のライフサイクルフロー図です。
この一つ一つの四角形のプロセスについて、どこまで細かくやるのか?どのシステム境界にするのか?ということが、目的によって大きく変わってきます。
(2)インベントリ分析
インベントリ分析とは、対象製品について様々なデータを収集し、環境負荷項目に関する入出力明細一覧を作成することです。
- 原材料
- 製造に使っているエネルギー
- 排水
具体的に見たほうがわかりやすいと思いますので、おにぎりの生産プロセスにおけるインベントリ例を見てみましょう。
おにぎりのイベントリ具体例
上の表は、おにぎり(梅干し)1個の製造までの入力・出力項目の例を示したものです。
自分がおにぎりの生産者の場合、上の表のようなデータをそろえることができると思います。
LCAの実務的な第一歩が、このような自社のデータを集めることです。
ただ、たとえばおにぎりを作っている人の場合、塩をどうやって作っているか同じようなデータを集めてくださいと言われても難しいでしょう。
そこで、そのような場合には日本の平均値など代替性をもつ「二次データ」を利用することで補完します。
代表的な日本原単位データベースとしては「IDEA:Inventory Database for Environmental Analisis」が有名です。産業技術総合研究所が開発しており、弊社も会員であるLCA活用推進コンソーシアムで取扱っています。
IDEAは、日本国内の全ての事業における経済活動を網羅的にカバーしており、全データセットを「日本標準産業分類」を中心とした分類コード体系で整理しています。
(3)影響評価
影響評価では、インベントリ分析の結果をもとに、環境にどの程度影響を与えるかを評価します。
なお、「評価」という最も花形の項目になりますが、実務者にとっては最も簡単な手順かもしれません。
その理由は、ほとんどの場合において、自分で計算することはなく、データベースに存在する値を自動で掛け算することで十分だからです。
上の図の一番左がインベントリ分析結果です。
それぞれの物質に対して、地球温暖化係数のような「特性化係数」をかけ合わせ、それらを合計して一つの領域指標(カテゴリインディケータ)にまとめます。
たとえば温室効果ガスの場合だと、CO2やメタンのほか、亜酸化窒素、フロンなど100を超える物質があります。
影響評価を通じて、これらの温室効果ガスの排出による地球温暖化への影響を一つにまとめたり、どの物質が最も寄与が大きいかを知ることができます。
よって、地球温暖化への影響を効果的に削減するための方針を検討することが出来ます。
(4)解釈
LCAの能力が最も求められるのがライフサイクル解釈です。
解釈では、インベントリ分析と環境評価の結果を、LCA調査の目的に照らし合わせます。
そして、何が重要な項目なのか、調査結果から何が言えるのかを考えます。
また、その過程で、インベントリ分析で使われたデータに漏れがないかなどの「完全性」や、用いたデータの地理的範囲が統一されているかどうかなどの「整合性」のチェックが行われます。
さらに、実施したLCAの方法が国際標準規格ISO14044の要求事項に合致しているかどうかを検証する「クリティカルレビュー」を行う場合もあります。
いままで、1~4までLCAの手順を示しましたが、LCAではこれを何度も繰り返します。
ライフサイクル解釈をもとに目的を決めなおしたり、目的をもとに影響評価をし直したり、必要な結果を得るために評価を繰り返すのです。
LCAが活用されている事例
LCAを使うとどのようなことができるのでしょうか。
実際にLCAが使われている3つの事例を見てみましょう。
CFP(カーボンフットプリント)
まず身近な例でいうと、CFP(カーボンフットプリント)が挙げられます。
CFP(カーボンフットプリント)とは、Carbon Footprint of Productsの略称です。
商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して、商品やサービスに分かりやすく表示する仕組みです。
イメージとしては、製品に対するCO2のカロリー表示のようなものです。
カーボンフットプリントの実施により、消費者にとっては、製品やサービスのCO2排出量について信頼できるため、関心が高まりCO2排出量を考慮した商品の購入につながることが期待されています。
また、企業側としても自社製品の環境負荷を客観的に見える化することで、消費者に対してのアピールやブランドイメージの向上にも繋がります。
LCAの結果を元に、カーボンフットプリントにもスムーズに取り組んでいけます。
関連記事:カーボンフットプリント・CFPとは?実際の検証員が解説します
自動車会社の経営戦略
自動車業界は、最も環境の制約が大きい業界かもしれません。
車両の軽量化による燃費改善や、製造プロセス効率化、電気自動車の普及など、環境パフォーマンス改善の努力を続けています。
その中で例えば、今後どの程度電気自動車の製品開発をしていく必要があるのでしょうか。
この回答を見るために、そもそもガソリン自動車や電気自動車のどっちが環境に良いかを確認してみましょう。
上の図は、自動車のライフサイクル全体におけるGHG排出量を走行距離で割った計算結果を比較したものです。
製造プロセスや廃棄プロセスを含めて、1km走るのにどの程度GHGを排出しているかを示しています。
私たちがよくいう「ガソリン自動車」と「電気自動車」を比較すると、電気自動車のほうが環境負荷が低いことがわかるでしょう。
順位 | パワートレイン | 電力シナリオ | GHG排出量 (kg-CO2eq/km) |
---|---|---|---|
1 | 電気自動車 | 非化石エネルギー | 0.05 |
2 | 電気自動車 | 電力ミックス | 0.14 |
3 | ハイブリッド車 | 0.18 | |
4 | 電気自動車 | 化石燃料由来 | 0.20 |
5 | ガソリン車 | 0.23 |
また、電気自動車には3つの電力シナリオがありますが、これらどれにおいてもガソリン車よりも低いことがわかります。
すなわち、電気自動車は電気を作るときにCO2を排出していることを含めても、電気自動車のほうが環境負荷が低いことがわかります。
また、将来的に電気自動車に充電する電力が100%再エネ由来になった場合は、GHG排出量はガソリン車の5分の1ほどになることもわかるでしょう。
このような、納得感のあるLCA結果をもとに、自動車業界の人たちは製品開発を進めることができます。
省庁の補助金要件
環境にいい世の中にする一つの手段が、補助金です。
日本でも、環境省、経済産業省の予算などで様々な環境分野の事業が実施されています。
そして、それらの事業の要件の一つが、LCAによる環境負荷の定量や、削減貢献量の算出です。
政府は環境に良い取り組みに補助金を出したいわけですが、それが本当に環境にいいのか?をしっかり判断をする必要があります。
そこで、LCAにより定量化を行うことで、グリーンウォッシュが起きないようにしているのです。
このような補助金に適応させようと思った場合は、LCAの専門性が必要となるケースが多いでしょう。
LCAは脱炭素経営の初めの一歩
現在世の中で求められている脱炭素やGXを実践するためには、まずなによりも現状の把握が欠かせません。
そしてLCAは、環境影響を定量的に評価できる優れた手法です。
LCAによる見える化により、脱炭素の第一歩を踏み出すことができるのです。
そして、今までお話しした通り、LCAには専門性が必要です。
自社で算定を進めることはもちろん、内製化やLCA結果の妥当性のチェックなど、専門のコンサルタントがLCA算定を行うと何ができるのかも、ぜひチェックしてみてください。
その他、SDGs/脱炭素経営/グリーンウォッシュなど環境に関するご相談がございましたら、お気軽に株式会社ゼロックへお問い合わせください。