松井 大輔
株式会社ゼロック 代表取締役 監修
目次
LCAデータベースとは、LCA(ライフサイクルアセスメント)をするうえでLCA算定者が活用する様々な種類のデータセットです。
LCAは数値情報を多く扱いますが、この数量情報の基準となってくれるLCAデータベースの利用は欠かせません。
そして、利用するにあたりLCAデータベースに対する知識も欠かせません。
本記事では、環境負荷を算出している人が、どのようにデータベースに向き合っているかを解説します。
LCAの算定をしたい人だけではなく、CO2排出量の見える可に携わるすべての方に向けてわかりやすく書きましたので、ぜひご参考ください。
LCAデータベースはLCAに必須のツール
まずは、LCAのデータベースについて、環境コンサルの私が実際に感じていることを端的に述べてみます。
- LCAデータベースは、LCAに必須である
- LCAデータベースは、LCAの目的を達成するうえで、圧倒的に楽をできる手段である
- LCAデータベースには、作成者の考え方(LCA手法)が既に組み込まれており、それらを知らないと正しい算定はできない
- データベース自体の信頼性もさることながら、データベースを使う人の能力の信頼性が求められる
- LCAデータベースは平均かつ中立なデータであるため、一次データによる算定よりも信頼がおける場合も多い
- LCAデータベースが今後なくなり一次データだけになることはない
LCAの「武器」としてよくあげられるのは、LCAソフトウェアとLCAデータベースです。
これらは、LCAの基本から応用まで全ての段階で有用な武器となります。
その中でも、よく「「LCA」にとってLCAデータベースとLCAソフトウェアのどちらの知識・理解が重要か?」という質問をいただきますが、これは圧倒的にLCAデータベースの方が重要です。
データベースの知識やLCAの能力があれば、どのようなソフトウェアで自己流にやってもらってもLCAにはなんら問題がありません。
一方、「LCA実務者」にとっては、ソフトウェアの選定により作業効率が2倍、3倍かわることはあり得えます。
つまり、ビジネスの観点で重要になってくるのが「LCAソフトウェア」です。
LCAデータベースの分類
LCAデータベースとして最も基本的なデータは「インベントリデータベース」です。
対象プロセスのみ(Gate to Gate:G to G)の入出力データをまとめた「単位プロセス型データセット」と、対象プロセスにおける原材料調達段階までさかのぼった(Cradle to Gate:C to G)入出力データをまとめた「積算型プロセスデータセット」が存在します。
単位プロセス型データセット
入出力 | 分類 | プロセス名 | 数 | 単位 |
---|---|---|---|---|
出力 | 製品 | おにぎり | 1 | 個 |
入力 | 原材料 | 米 | 120 | g |
入力 | 原材料 | 海苔 | 2 | g |
入力 | 原材料 | 梅干し | 5 | g |
入力 | 原材料 | 塩 | 0.5 | g |
入力 | 包装 | 包装材 | 1.5 | g |
入力 | エネルギー | 電力 | 0.01 | kWh |
単位プロセス型データセットは、1つの工場などの入出力データをまとめたデータセットと考えるとわかりやすいでしょう。
上の表の例では、120gの米と、その他の材料、そして包装材と電気を投入することで、おにぎりができることがわかります。
積算型プロセスデータセット
入出力 | 分類 | プロセス名 | 数 | 単位 |
---|---|---|---|---|
出力 | 製品 | おにぎり | 1 | 個 |
入力 | 資源 | 原油 | 0.0004 | kg |
入力 | 資源 | 田んぼ土地利用 | 0.0004 | m2a |
入力 | ・・・ | |||
入力 | 大気への排出 | CO2 | 0.5 | kg |
入力 | 大気への排出 | CH4 | 0.0001 | kg |
入力 | ・・・ |
対して、積算型プロセスデータセットは、さらに「米の単位プロセスはどうなっている?」「肥料の単位プロセスはどうなっている?」のように、遡って考えます。
すると、最終的な投入物は必ず人間の手がかかっていない「資源」となり、どのような資源をいくら投入しておにぎりが作られたかが積算されます。
おにぎりができるまでいくら二酸化炭素やメタンが排出されたかも合わせて積算されたデータセットとなります。
原単位について
この積算型プロセスデータセットに「影響評価手法」を掛け合わせることで、おそらくLCA実務者にとって最もなじみ深い「原単位」が作成されます。
注意点としては、インベントリデータベースはあくまで物質の入出力をまとめたデータセットであり、影響評価手法を用いなければ環境影響をまとめた原単位データベースにはなっていないということです。
すなわち、私たちが原単位を扱うときには、影響評価手法の知識も必ず求められます。
このように、LCAデータベースには、単位プロセス型データセット、積算型プロセスデータセット、原単位の3つが存在します。
私たちは、これらのデータベースを自分の都合に合わせてうまく活用しLCAを実施していきます。
実務でのデータベース活用方法と注意点
原単位を用いた環境負荷の算定
LCAの基本は「=Σ(活動量 ×原単位)」の算定式のため、算定においてまず考えるのは、原単位をうまく活用することです。
データベースの中からしかるべき原単位を選択して用いることで、環境負荷を簡単に算定することができます。
たとえば、おにぎり1個の環境負荷を算定するときの原単位の活用を考えてみましょう。
上の図のように、活動量に原単位を掛け合わせ足しあげることで簡単に答えが出てきます。
「LCAが単純」と呼ばれる所以かもしれません。
なお、ここで勘のいい方なら、一つの疑問が生じるかもしれません。
「おにぎりの環境負荷の算定に、なぜそもそもおにぎりの原単位を利用してはならないのか?」
実はこの疑問にはいくつかの答えがあります。
- LCAでは、二次データよりも一次データを利用することが求められるため
- データベースのライセンスの関係上、原単位をそのまま開示させることが認められないため
- おにぎりの原単位そのものを使って目的が達成されるLCAの算定ケースがほとんどないため
私の感覚としては、算定を実施する際に直接原単位を使わないことはもはや「お作法」のレベルになっていると思っていますが、やはり一番の理由は、二次データよりも一次データが優先されることです。
たとえば、今回の算定は、おにぎりに利用される米は120gでした。
一方、もしかするとおにぎりの原単位が規定している米の量は200gかもしれません。
ほとんどのケースでは、算定者が算定したいものは「特定のおにぎり」であることがほとんどなので、やはりその「特定のデータ」を用いた算定が望まれます。
一方で、調達する米や電力は、「汎用的な米」「汎用的な電力」であることがほとんどであり、そのようなケースにおいては、原単位を用いることも妥当とされています。
話を戻すと、原単位を用いることで、わずか数STEPで算定結果を確認できることがわかりました。
- 算定対象の活動量を収集する
- 適切な原単位のプロセスを当てはめる(マッピング)
- プロセスごとに活動量と原単位を掛け合わせる
- プロセスごとの算定結果を足しあげる
このうち、2以降の作業はほとんど小学生の算数で済みます。
そのため、LCAの実務において1と2の手間が相対的に大きくなり、頭を悩ませるポイントとなっています。
データベースのマッピングにより環境負荷が数倍変わる
さて、原単位を用いれば計算が実行できるのはその通りですが、どの原単位を当てはめるかの判断には算定者の力量が求められます。
この原単位の当てはめはマッピングと呼ばれ、環境負荷の算定結果を大きく左右します。
算定者の理解が足りない場合は、計算はできるが計算結果に妥当性がなくなってしまうため注意が必要です。
ここで、具体的に発生しうる2つのケースを見てみましょう。
エネルギー利用に当てはめる原単位のよくある間違い
まずは、LCAの基礎中の基礎であるエネルギー利用です。
自社工場でガソリンを10L使ってエネルギーを得ている場合のCO2排出量を算定したいとき、IDEAの原単位にある「ガソリン」を使いたくなるところですが、それは間違いです。
この間違いに気づくためには、原単位が何を表すのかを理解しなければなりません。
まず、IDEAのデータベースには、「ガソリン」というプロセスと「ガソリンの燃焼」というプロセスが存在します。
そして、それぞれのプロセスに対応する原単位は、その範囲が明確に異なります。
プロセス名 | 原単位の対象範囲 |
---|---|
ガソリン | ガソリンを調達するまでのC to G |
ガソリンの燃焼エネルギー | ガソリンを調達し、燃焼させるまでの C to G ガソリン燃焼時の直接排出が含まれる |
ガソリンというプロセスは、あくまでガソリンをそこに持ってくるまでの範囲になっています。
これには例えば、原油を採掘するときの負荷などが含まれます。
一方、今回のケースでは、ガソリンをエネルギーとして利用することを想定していました。
すわなち、ガソリンは完全燃焼し、CO2が大気中に放出されます。
このときは、「ガソリンの燃焼エネルギー」という原単位を用いなければ、CO2排出量の相当な過小評価となってしまうのです。
原単位を正しく用いる
では逆に、「ガソリン」というプロセスを使うのはどのような場合か考えてみましょう。
まず一つ、ガソリンを燃焼させて利用させる場合でも、排出されるCO2やその他の燃焼時のプロセスをしっかり測定し、LCAの計算結果に計上していた場合です。
もう一つは、ガソリンを利用するものの、燃焼させない場合も考えられます。
たとえば、固形化させて製品に混ぜ込ませる場合などが当てはまります。
このようなエネルギー利用時の原単位選定はとても有名なケースかつ影響も大きいため、絶対に間違えないようにしましょう。
妥当な原単位がわからないときのエキスパートジャッジ
続いて、これしかないという原単位が存在せず、「妥当な原単位」を考えないといけないケースを紹介します。
上の図では、中国に工場のある会社が、自社工場の電力の環境負荷を算定したいケースを想定しています。
この工場は相当に環境対策が進んでおり、風力発電で100%まかなえているとします。
さて、LCA実務者が原単位のリストをみると、自社が利用する電力にぴったりはまる原単位が見つからず、ある程度近いと思った3つをリストアップしました。
この実務者は、どのような考えで原単位を選択すればよいでしょうか。
より「妥当な数値」のためであれば、2022年の中国の風力発電のCO2排出量に、どれが最も近そうかを考えることになります。
たとえば、風力発電自体の技術が昔から一定で、年ごとの違いがないことがほとんど確実なら、1990年のデータを使うことに正当性があり、それを選択すればよいでしょう。
また、日本と中国の地理的な条件が同じであり、地域差を考慮する影響が小さいのであれば、日本の2022年のデータを用いることが最適かもしれません。
または、現在の中国の電力MIXが既に風力発電99.99%になっているなどであれば、電力MIXを利用することに違和感はありません。
LCAコンサルの原単位選択例
先の中国風力発電の考え方をもとに、例えば私なら以下のようにデータベースを選択します。
- 中国の電力MIXは石炭火力発電が主であり、明らかにCO2排出量が過大になりそうなので選択しない
- 日本の風力発電(2022年)と、中国の風力発電(1990年)の結果をまずは比較してみる
- あまり結果に違いがないなら、日本の風力発電(2022年)を用いる(地域が異なるデータを当てはまることはよくあるが、30年もの時間差があるデータを用いるケースがあまりないため)
- 結果に差があるなら、結果の理由を調べにいきさらに検証を行う
一方、そもそもこの算定の目的や、この判断が全体の環境負荷にどの程度の影響を与えているかは別途事前に考えます。
もしも、環境負荷を過大評価することだけを避けたく、このプロセスの影響がほとんどないのであれば、中国の電力MIXを当てはめておく(とりあえず大きく算定しておく)でもなんら問題はありません。
単位型プロセスデーセットを活用しよう
ここまでの話のように、LCAの原単位をうまく活用するためには、その中身を理解していないといけないケースはたくさんあります。
つまり、妥当な算定のためには単位プロセス型のデータを確認する必要があるということです。
また、たとえば原単位をもとにした新しい原単位の作成(アダプテーション)や、将来の原単位の作成など、単位プロセスを利用するからこそできるLCAも多数存在しています。
LCAデータベースというと、「原単位」を用いた算定をイメージすることは多いですが、LCAコンサルタントは多くの場面で単位プロセス型データセットを活用している事実もぜひ知っておいてください。
LCAデータベースの種類と選び方
LCAデータベースの最後の話題として、主なLCAデータベースとその特徴を説明していきます。
国内・海外という切り分けと、無料・有料という切り分けで簡単にまとめてみました。
国内 | 海外 | |
---|---|---|
無料 | 3EID | openLCANexus |
有料 | IDEA | Ecoinvent CEDAFactors Agrifootproint |
これらのデータベースのうち、特に有名なものについて簡単に解説していきます。
3EID
3EIDは、日本の産業連関表を用いて算出した原単位を一覧化したデータベースであり、オープンソースである点と、「単位生産活動(百万円)」あたりの原単位になっていることが特徴です。
環境負荷の算出にお金をかけたくない!とりあえず見える可できればいい!という人におすすめです。
円あたりの原単位のよくある課題としては、「(本当は)環境に良い高い製品」と「(本当は)環境に悪い安い製品」の2つを比較したときに、前者のほうが高い環境負荷となってしまうことです。
環境の良さと価格がトレードオフの関係にあるケースはよくあるため、価格基準の算定では注意が必要です。
IDEA
IDEAは、産業技術総合研究所、産業環境管理協会によって共同開発された日本のデータベースであり、日本のLCA実務者にとっては最も有名でなじみ深いデータベースです。
正直、この文章を読んでいる方なら、まずIDEAを使ってれば問題ないといえます。
高い網羅性や解像度をもっており、たとえば、3EIDの品目ではひとくくりに「米」に分類されるものが、IDEAでは「玄米」や「精米」「稲わら」という品目まで分類されています。
主要な影響領域もカバーされているため、地球温暖化以外の評価もほぼ同じ手間でできます。
Ecoinvent
Ecoinventは、多様な国と部門を含むデータベースであり、欧米を中心に広く利用されています。
LCAを実施していくと、まれに海外原単位を必ず使わないといけない場面や、海外原単位をもとに算定が望まれる場面に直面します。その時には、Ecoinventのような海外データベースを検討することになります。
資本財や土地利用といったデータベースの設計思想がIDEAと異なる部分も多くあり、実際の利用には注意が必要です。
海外マーケットを目指す会社にとっては、データベース選定の際にIDEAの対抗場として考えるとよいでしょう。
その他様々なデータベースについて詳細を知りたい方は、下記記事もご参考ください。
関連記事:排出原単位(排出係数)とは?概要からデータベースの種類まで解説
LCAデータベースをもっと活用しよう
LCAデータベースはLCAに必須であり、この武器をいかに有効活用できるかが、環境負荷の算定の妥当性や簡単さに影響してきます。
最近は、一次データを無理してでも取ろうという流れも進んでいますが、もはや努力して(無理して)集めた一次データによる算定よりも、原単位を用いて算定した結果のほうが妥当であるケースも散見されます。
LCAのデータベースは、現在も様々な開発が行われています。
2050年のカーボンニュートラル社会に向けて、それぞれのデータベースを理解しながら長いお付き合いをしていくことをお勧めします。
LCAデータベースやソフトウェア、原単位について詳しく知りたい、会社内で活用していきたいと検討している方は、ぜひ一度弊社株式会社ゼロックまでお問い合わせください。