松井 大輔
株式会社ゼロック 代表取締役 監修
目次
企業がCO2排出量を削減する方法として、活動量を下げるか、排出原単位を下げるか、炭素を除去(固定)する3つの方法があることを、企業がCO2排出量を削減する方法19選!で説明しました。
今回は、環境負荷の低い製品やサービスを開発している企業が自社製品のアピールとして使うことが出来る、削減貢献量について説明します。
先日、パナソニックが2040年までに社会への「削減貢献量」として3830万tのCO2削減を目指すことを発表したように、特に電機メーカーを中心に自社の直接排出、SCOPE3以外の排出削減の主張として、削減貢献量に注目が集まっています。
削減貢献量とは?
削減貢献量とは、CO2を含むGHG排出削減に優れた製品の使用による、排出削減量を定量的に評価しようという考え方です。
つまり、
この製品がなかったら、社会全体のGHG排出量が増えていたに違いない。
この製品があるから、社会全体のGHG排出量がこれだけに抑えられている。
という考え方のもと、数値を定量化していくものになります。
削減貢献量のガイドライン
現在、国際的なガイドラインという意味ではWBCSDが公表している、「Guidance on Avoided Emissions」が最新のガイドラインとなっています。
国内では、日本LCA学会や経済産業省、各業界団体がそれぞれガイドラインを公表しており、定義や算定方法が統一されていない状況になります。
現在、多くの企業の参考になっているであろう、日本LCA学会と経済産業省による定義は下記のようになっています。
「環境負荷の削減効果を発揮する製品等の、原材料調達から廃棄・リサイクルまでの、ライフサイクル全体での温室効果ガス排出量をベースラインと比較して得られる排出削減分のうち、当該製品の貢献分を定量化したもの」
日本LCA学会「温室効果ガス排出削減貢献量算定ガイドライン」(第2版)
続いて、下記が経済産業省の定義です。
「温室効果ガス削減に資する環境性能が優れた製品・サービス等が提供されることにより、それに代わる製品・サービス等が提供される場合(ベースラインシナリオ)と比べた温室効果ガス排出削減・抑制への貢献分をライフサイクルでの比較により定量化したもの」
経済産業省「温室効果ガス削減貢献定量化ガイドライン」
この定義を見る限り、どちらも同じことを意味しているように思えますが、重要なのはライフサイクルの範囲や、ベースラインの設定方法といった細かい部分の定義であり、それによって算定結果が大幅に変わってくることになります。
現在、公表されている国内ガイドラインの多くは、日本LCA学会か経済産業省のガイドラインのどちらか、ないしは両方をベースに作成されています。
発行機関 | 文書名 | 発行年 |
---|---|---|
WBCSD | Guidance on Avoided Emissions | 2023年 |
日本LCA学会 | 温室効果ガス排出削減貢献量算定ガイドライン | 2022年3月 |
経済産業省 | 温室効果ガス削減貢献定量化ガイドライン | 2018年3月 |
一般社団法人日本自動車部品工業会 | JAPIA「LCI 算出ガイドライン第二版」 | 2016年4月 |
一般社団法人 電子情報技術産業協会電子部品部会ESG委員会 | 電子部品の GHG 排出削減貢献量算定に関するガイダンス | 2022年7月 |
一般社団法人電子情報技術産業協会 | ITソリューションによるCO2排出抑制量定量化のためのフレームワークに関する報告書 | 2017年3月 |
国際化学⼯業協会(ICCA) | Addressing the avoided emissions challenge | 2017年 |
国際電気標準会議(IEC) | IEC TR62726︓”Guidance on quantifying greenhouse gas emission reductions from the baseline for electrical and electronic products and systems” | 2014年 |
国際電気通信連合(ITU-T) | ITU-T L.1410︓“Methodology for the assessment of the environmental impact of information and communication technology goods, networks and services” | 2015年 |
削減貢献量ガイドラインの主張の違い
削減貢献量の定義において、最も重要なのが「ベースライン」と「比較対象をどこにするか」という部分になります。
この点については、GHGプロトコルとその他の団体にて下記のように記載が分かれている状況です。
ライフサイクルに評価対する姿勢 | 組織・業界 | ガイドライン上の記述 |
---|---|---|
ライフサイクル考慮 | GHGプロトコル | 完全なライフサイクル評価の実施を求めるものではない。 |
ライフサイクル原則 | 経済産業省 | 原則として、それぞれに関わる製品・サービス等のライフサイクル全体が算定範囲となる。 |
ライフサイクル原則 | ⽇本LCA学会 | ライフサイクル全体における評価結果を⽐較することが必要である。 |
ライフサイクル原則 | 電機・電⼦(IEC TR 62726) | GHG削減の重要な影響を特定するために、評価対象製品と⽐較対象製品のライフサイクル段階のGHG排出量を⽐較することを推奨する。 |
ライフサイクル原則 | 化学(ICCAガイドライン) | 全てのライフサイクルが考慮されることが必要。 ⽐較相⼿と同⼀のプロセスは除外してもよい。 |
ライフサイクル原則 | 鉄鋼(⽇本鉄鋼連盟の事例) | 鉄鋼製造、鋼材輸送、製品製造、製品利⽤について分析・評価を実施。 |
削減貢献量に対する批判
削減貢献量に対しては、そもそも批判的な意見がいくつかあります。
自社で削減貢献量を使いたい方は、こういった批判を想定した上で実際の算定や情報公開を行う必要があります。
主な批判の根拠としては以下の3つです。
- ダブルカウント
- 優れた製品は売れるので、全体で見るとCO2は増える
- 自社に都合のいい見せ方をしている
ダブルカウント
まず1つ目のダブルカウントについては、最終製品の使用段階での削減貢献量を製造者がカウントするのか、使用者がカウントするのかという議論です。
例えば、使用段階でCO2排出量を従来の半分のエアコン(最終製品)の削減貢献量を考えてみましょう。
最終製品であるエアコンの製造メーカーは、CO2排出量を半分にできたことを削減貢献量として主張します。
しかし、CO2排出量を半分にできた要因として、部品として使われている熱交換器の部品メーカーによる寄与が大きかった場合、この部品メーカーもまた、自社製品でCO2排出量を半分に削減できたことを主張したとしたらどうでしょうか。
この場合、同じCO2削減貢献量を2社が別々でそれぞれ主張することになり、ダブルカウントとなってしまします。
※このダブルカウントを最小化するための方法が「寄与率」の考え方になります。
優れた製品は売れるので、全体で見るとCO2は増える
2つ目の批判として、優れた製品であればあるほどよく売れるため、結果的にその製品によってCO2排出量が増えてしまうというものです。
自社に都合のいい見せ方をしている
3つ目の批判としては、削減貢献量の主張している会社の多くが自社に都合の良い情報しか公表しないという点です。
この点については、実際の公表事例を後述しますが、基本的には削減貢献量の主張の仕方は会社によってバラバラであり、現状は各社が自社に都合の良いデータを公表している状況です。
削減貢献量算定の手順
続いて、削減貢献量の算定までの手順について説明します。
まず、算定の手順について、基本的なステップは下記のフローのようになります。
1:目的の設定
LCAも同様ですが、環境負荷の算定や見える化をするにあたり、目的の設定が最も重要な作業となります。目的によって、最終的なアウトプットの形や算定方法、根拠とする数値が変わってくるためです。
2:定量化対象の設定
次に、評価対象とする製品・サービスの機能や内容を明確にします。
これは、いわゆる機能単位というもので、例えば、冷蔵庫であれば、容量、耐用年数、製氷機の有無といった、その冷蔵庫を使うことによって得られるベネフィットを定量化したものになります。
評価対象と比較対象の機能単位を等しくしないと、環境負荷を比較しても意味がないため、ここは重要なポイントとなります。
なお削減貢献量は、製品・サービスのライフサイクル全体で効果が測られることが望ましいため、評価対象製品が部品・素材等の中間財の場合は、それらが組み込まれる最終製品を示すとより、説得的な結果となります。
3:ベースラインシナリオの設定
ベースラインシナリオとは、評価対象製品やサービスが普及しなかった場合に、最も起こりうる仮想的なシナリオのことです。
ベースラインシナリオの設定においては、下記のようなものを用いることで、説得力のあるシナリオとなります。
- 市場に存在する他の製品・サービス等
- 法規制等で規定された基準値(例:トップランナー基準)
- 製品・サービス等の業界平均値
4:定量化の範囲・内容の設定
評価対象製品・サービスの排出量とベースライン排出量の定量化においては、主に下記の3点について注意する必要があります。
- 製品・サービスのライフサイクル全体を算定範囲とする
- 一部の温室効果ガスのみを対象とする場合には、その理由を明確にする
- 評価対象製品・サービスとベースラインシナリオのライフサイクルのフロー図を用いて、対象となる範囲を明確にする
5:削減貢献料の累積方法
評価期間における削減貢献量の累積方法においては、販売期間、使用期間をそろえた2通りの代表的な考え方があります。
それぞれ長所と短所があり、目的に応じていずれの方法を選択した上で、どちらを採用したかを明確にすることが望ましいとされています。
フローベース | ストックベース | |
---|---|---|
長所 | ・評価年の⽣産量に対応するCO2排出量のポテンシャル評価が可能 ・データ(評価年の⽣産量)の⼊⼿が⽐較的容易 | ・評価年の排出量に対応する削減貢献量を実績の算定が可能 ・過去の情報によりベースラインを設定出来るため、将来予測がなく、⽐較的不確実性が低い。 |
短所 | ・評価年の排出量に対応する削減貢献量の算定不可(時差が存在) ・将来のベースラインを設定する必要があるため、⽐較的不確実性が⾼い | ・過去にさかのぼって⽣産、販売された製品の累積稼働量等の各種データ収集が困難 |
6:削減貢献量の定量化
削減貢献量の定量化については、後述する方法で算定を行います。
削減貢献量の算定方法
続いて、削減貢献量の算定方法について、説明します。
フローベースの場合
フローベースの場合、削減貢献量は下記の式で表します。
① 削減貢献量(サービス・製品単位)= ③ベースライン排出量 - ②評価対象製品・サービスの排出量
①:製品・サービス等単位での削減貢献量
②:評価対象製品・サービス等のライフエンドまでを考慮した温室効果ガス排出量
③:ベースラインシナリオに関する製品・サービス等のライフエンドまでを考慮した温室効果ガス排出量
また、組織単位で削減貢献量を定量化する場合には、「①製品・サービス等単位での削減貢献量」に普及量を乗じることで、算定することができます。
④ 削減貢献量(組織単位)= Σ (①i 削減貢献量(製品・サービス等単位) × ⑤i 普及量)
④:組織単位での削減貢献量(フローベース)
⑤:評価対象製品・サービス等の評価期間における普及量
なお、i は当該組織が定量化の対象とする評価対象製品・サービス等を表します。
ストックベースの場合
ストックベースの場合は、下記の式によって削減貢献量を表すことができます。
① 削減貢献量(組織単位)= ③ ベースライン排出量 - ② 評価対象製品・サービス等の排出量
①:組織単位での削減貢献量(ストックベース)
②:評価期間における評価対象製品・サービス等の温室効果ガス排出量
③:評価期間におけるベースライン排出量
また、「②評価対象製品・サービス等の温室効果ガス排出量」については、以下の式で算定することができます。(③の算定式も同様)
② 評価対象製品・サービス等の排出量= Σ (④i, 各段階での排出量 × ⑤i, 各段階での個数)
④:評価期間に発生する評価対象製品・サービス等の各段階での排出量(特定の段階
が対象となる場合はその段階における排出量)
⑤:評価期間における評価対象製品・サービス等の各段階にある個数(例:使用段階
の場合は、製品・サービス等の評価期間における稼働数)
ここで、i は定量化の対象とする評価対象製品・サービス等のライフサイクルにおける各段階を表します。
なお、算定方法について、日本LCA学会と経済産業省のガイドラインの違いとして「寄与率」を考慮するかの記載に違いがありますが、今回は経済産業省のガイドラインを参考に説明してます。
【調査結果】企業の削減貢献量の公表値
続いて、企業が実際にどのような形で「削減貢献量」を表現して公表しているのかについて紹介します。
環境負荷に関心の高い電子機器メーカー中心に調査した結果、削減貢献量を公表していた企業のうち、売上あたりの削減貢献量上位8社を下記の表で紹介します。
企業名 | 表現方法 | 影響領域 | 売上当たりの削減貢献量 (t-CO2/億円) | 評価年 | 算定方法 |
---|---|---|---|---|---|
横河電機 | CO2排出抑制貢献量 | CO2 | 20,125 | 2020 | ✕ |
BASF | enables customers to reduce their GHG emissions | GHG | 6,263 | 2018 | ✕ |
安川電機 | 製品によるCO2排出削減貢献量 | CO2 | 1,819 | 2020 | ○ |
三菱電機 | 製品使用時のCO2削減貢献量 | CO2 | 1,765 | 2020 | ○ |
アズビル | お客様の現場におけるCO2削減効果 | CO2 | 1,191 | 2020 | ○ |
デルタ | Delta products that had helped clients save 2.01 billion kWh of electricity-the equivalent of reducing emissions by 1.02 million metric tons of CO2e. | CO2 | 853 | 2020 | ✕ |
富士通 | 温室効果ガス(GHG)排出量の削減貢献量 | GHG | 691 | 2014 | ○ |
TDK | 環境貢献量、CO2排出削減貢献量 | GHG | 178 | 2020 | ○ |
※調査結果を全て確認したい方は弊社の無料相談へお問い合わせください。
調査の結果、やはり削減貢献量についてはガイドラインが複数存在することに加え、統一ルールがないということもあり、各社表現方法や計算方法はバラバラの結果となりました。
また、算定方法が開示されていなかったり、されていてたとしても算定の根拠となる数値がどのような方法で決められたのかなどの公表がないなど、客観的な信頼性が担保できていない状況でした。
加えて、算定にあたりガイドラインへの準拠や算定結果の第三者レビューを実施している企業はほとんどなく、現状は各社が独自の考え方で公表していることがわかります。
売上あたりのCO2削減貢献量が最も高いのが横河電機でしたが、他の企業と比べて大きすぎる値となっており計算方法も公表されていないため、参考程度に留めるのが良さそうです。
削減貢献量で自社製品をアピールしよう
環境負荷の低い製品を開発中、もしくは既に開発できている企業の方は削減貢献量をCSR報告書や製品カタログで公表することで、投資家や顧客に対して、サステナブルな企業としてアピールすることができます。
ただし、算定にあたってはガイドラインをしっかりと参照し、目的に応じた適切な範囲設定、算定をしないと、競合や業界団体から指摘を受ける可能性があります。
弊社では、削減貢献量の算定やアドバイザリーに加え、環境負荷の見える化や脱炭素経営の推進をサポートしています。
もし、自社だけでは算定や公表のやり方に自信がなければ、ぜひ一度弊社にご相談頂ければと思います。