
松井 大輔
株式会社ゼロック 代表取締役 監修
目次
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)とは、企業や金融機関の事業活動における自然資本や生物多様性への影響を評価するための国際的なフレームワークです。ビジネスが自然資本に対してどのようなリスクや影響を与えるのかを可視化できます。
企業が持続可能な社会の構築に貢献するためには、気候変動対策に続き生物多様性を含めた自然への負担を軽減する「ネイチャーポジティブ」の考え方を取り入れることが重要です。
今回はTNFDの概要や開示内容、企業がTNFDに向けてどのような対策を取ることが望ましいのか、企業事例を含め解説していきます。
TNFDとは

TNFDとは世界の資金運用を、「生物多様性を含めた自然資本を回復させる」ことに変化させるための国際的なイニシアチブです。
ここではTNFDの概要や設立された背景と目的、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)との違いを具体的に解説していきます。
TNFDが設立された背景
TNFDの正式名称は「Taskforce on Nature-related Financial Disclosures」で、日本では「自然関連財務情報開示タスクフォース」と呼称されています。
人間が行う経済活動は、海や土地等の自然資本による生態系サービスに依存しています。しかし近年自然資本の悪化や生物多様性の減少により、生態系サービスは衰退の一途です。
このような自然資本の危機的状況を打開すべく欧州の金融機関や企業が中心となり、TNFDは設立されました。そして自然への影響と依存から生じる組織のリスクと機会を、把握するための機関として2021年に正式に発足しました。
TNFDの共同議長はデビッド・クレイグ氏とエリザベス・ムレマ氏が務めています。20兆米ドルを超える資産を持つ金融機関や、企業、市場サービスプロバイダーを代表する40人のタスクフォースメンバーで構成されています。
TNFDの目的とは
TNFDの最大の目的は世界的な資金の流れを変化させ、自然に対してマイナスとなっている結果をプラスとすることです。企業や組織が持つ自然関連リスクに対する情報を開示することで、自然資本にプラスとなるための行動を支援していきます。
TNFDとTCFDの違いと関係性
ここではTNFDと混同されやすいTCFDについて紹介し、それぞれの違いを解説していきましょう。
TCFDとは
「TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」は、TNFDに先行して発足した国際イニシアチブのひとつで、日本語で「気候変動対策タスクフォース」と呼ばれます。
企業や金融機関の気候関連の情報開示及び、対応について検討するためマイケル・ブルームバーグ氏を委員長として設立されました。TNFDは気候変動関連に対するリスクや、機会に関するさまざまな情報を金融機関や企業に開示することを推奨しています。
TNFDとTCFDの違いは以下のようになります。
TCFD(気候変動対策タスクフォース) | 気候変動関連に対する情報を開示する |
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) | 自然資本関連に対する情報を開示する |
TNFDとTCFDの関係性
本来、気候変動と自然資本の問題は別々に語られるべきではありません。気候変動による異常気象は生物多様性へ多大な影響を及ぼします。一方森林保全による樹木の増加は炭素の吸収・除去を行い気候安定へと結びつく等、気候変動と自然には深い関係性が存在します。
どちらか一方を対策すればよいという考え方では、持続可能な社会を実現することはできません。そのためTNFDとTCFDのフレームワークには、整合性の高い構造が採用されています。
企業は将来的には気候変動と自然対策の双方を、統合的にとらえた情報開示を行うことが求められるでしょう。
TNFDの開示内容

ここからはTNFDの開示内容を次の3つに分けて詳しく解説していきます。
- 4つの推奨開示項目
- TNFD指標の構造「LEAPアプローチ」
- 9つのコアグローバル指標
4つの推奨開示項目
TNFDの推奨開示項目は次の4つです。
- ガバナンス
- 戦略
- リスクとインパクト管理
- 指標と目標
これらの推奨開示項目は、TCFDと整合性が取れるよう設計されています。ただし「自然」と「気候」における捉え方や考え方は異なる部分もあるため、それぞれを把握して対応することが求められます。
ガバナンス
自然関連の依存性、影響、リスク、機会に関する組織のガバナンスを開示するための項目です。具体的な提言は次の3つです。
- 自然関連の依存性、影響、リスク、機会に対する理事会の監督方法について開示する
- 自然関連の依存性、影響、リスク、機会の評価と管理における経営者の役割について開示する
- 自然関連の依存性、影響、リスクに対する組織の評価と対応における、先住民族や地域社会、影響を受ける人々、その他のステークホルダーに対しての人権方針や関与活動に関して理事会や経営陣による監督情報を開示する
戦略
自然関連への依存性、影響、リスク、機会が組織のビジネスモデルや戦略、財務計画に及ぼす影響が重要な場合は、以下のように具体的に開示する必要があります。
- 特定した自然関連の依存性や影響、リスク、機会について、企業は短期、中期、長期にわたって開示する必要がある
- 自然関連への依存性、影響、リスク、機会が組織のビジネス モデル、バリュー チェーン、戦略、財務計画、および実施されている移行計画や分析に与えた影響について開示する
- さまざまなシナリオを考慮して、自然関連のリスクと機会に対する企業戦略の回復力に関する情報を開示する
- 企業の直接事業における資産や活動の所在地、可能であれば、優先所在地の基準を満たす上流および下流のバリューチェーンの所在地を開示する
リスクとインパクト管理
自然関連の依存性や影響、リスク、機会の特定・評価及び、優先順位付けを監視するために企業が使用するプロセス情報を開示します。
- 事業における自然関連への依存性、影響、リスク、機会を特定・評価し、優先順位を付けるための企業のプロセスについて開示する
- 上流および下流のバリューチェーンにおける自然関連の依存性、影響、リスク、機会を特定・評価し、優先順位を付けるための企業のプロセスについて開示する
- 自然関連の依存性、影響、リスク、機会を監視する企業のプロセスについて開示する
- 自然関連リスクを特定・評価、優先順位付け、監視するプロセスがどのように統合され、また企業全体のリスク管理プロセスが管理されるのかについて開示する
測定指標と目標
自然関連する依存性や影響、リスク、機会を評価および管理するために使用される測定指標と目標を具体的に開示する必要があります。
- 企業が戦略とリスク管理プロセスに沿って、自然に関連するリスクと機会を評価し管理するために使用する測定指標を開示する
- 自然への依存性と影響を評価および管理するために、組織が使用する測定指標を開示する
- 自然関連の依存性、影響、リスク、機会を管理するために企業が使用する目標とそれらに対する企業のパフォーマンスについて開示する
TNFD指標の構造「LEAPアプローチ」
TNFDにより開発された自然関連課題の評価のための、統合的なアプローチが「LEAPアプローチ」です。以下の4つの項目が推奨されていますが、必ずしもこれらに沿う必要はなく、企業によって柔軟に対応することが可能です。
Locate(発見) | 自然との接点を発見する |
Evaluate(診断) | 依存性と影響を診断する |
Assess(評価) | リスクと機会を評価する |
Prepare(準備) | 自然関連リスクと機会に対応する準備を行い、投資家に報告をする |
9つのコアグローバル指標
TNFDでは指標例をいくつか示していますが、最も中核となるグローバルコア開示指標は次の9つです。
カテゴリー | 指標 |
陸上・淡水・海洋・海洋利用・変化 | 1. 総面積のフットプリント 2. 陸上・淡水・海洋・海洋利用・変化の範囲 |
汚染・汚染除去 | 3. プラスチックによる汚染 4. 廃棄物の処理 5. 排水 6. 土壌への汚染物質量 |
資源利用・補充 | 7. 水不足の地域からの水の確保と消費 8. 陸・海淡水から調達する天然商品のリスク |
気候変動 | 9. 温室効果ガス排出量(GHG)の合計について |
企業がTNFDを行う重要性と取るべき対策

それでは企業がTNFDを行う重要性と、企業がとるべき具体的対策にはどのようなものがあるのかを解説します。
企業のネイチャーポジティブ経営の重要性
2021年度に開催されたCOP15(第15回生物多様性条約締約国会議)では、「昆明・モントリオール生物多様性世界枠組」いわゆる「昆明宣言」が採択されました。「昆明宣言」は、民間のビジネスに即した生物多様性や自然資本関連に対する目標が増えていることが特徴です。「2030年までに自然回復を行い、生物多様性の損失を止め、逆転するための緊急行動を起こす」ことが明記されており、企業が目指すべきネイチャーポジティブ経営の具体的な目標が示された内容となっています。
「ネイチャーポジティブ」とは、経済や企業の事業活動による自然環境への負荷を軽減し、生物の多様性の保全はもちろんのこと、それらを含めた自然資本の回復を図ることです。
今後これらのミッションを達成するために、企業はTNFDのような枠組みを活用することがより求められる時代となっていくでしょう。
ネイチャーポジティブに関して詳しく書いた記事はこちらになります。
LCAやカーボンフットプリントとの関連性
企業がTNFDによる環境評価開示を行う場合、活用できる取り組みとしてLCAとカーボンフットプリントがあります。それぞれを解説していきます。
LCAによるリスク評価やターゲットの設定
LCAとはライフサイクルアセスメントのことで、製品やサービスの素材や原材料の調達から製造、流通、消費、廃棄に至るプロセス全体の環境評価を行うことが可能です。LCAは国際規格であるISO14040シリーズに準拠しており、企業が自然環境に対してどのようなリスクや機会があるかを数量化しデータとして提供することができます。
また、森林伐採による土地の変化、水質汚染、食品ロス、生物資源の乱獲など、企業の事業活動が多岐に渡ってもLCAを活用することで環境評価を定量化し可視化が可能です。
LCAをTNFDの指標に併せて活用することで、環境への影響を定量的に示すのに役立ち、企業は、自然環境に関連するデータの数値化や、具体的なターゲットを設定することが可能なため、よりTNFDに取り組みやすくなるでしょう。
LCAについて詳しく知りたい方はこちらの記事もぜひご覧ください。
カーボンフットプリント
TNFDの指標は多義に渡るため、すぐに取り組むのは困難な企業もあるのではないでしょうか。その場合はカーボンフットプリントを活用した自社の脱炭素化から始めるのも一つの手です。TNFDのメインは生物多様性の保全や自然資本の回復ですが、温室効果ガス (GHG)排出量についての指標も存在します。
カーボンフットプリントとは、製品やサービスの全ライフサイクルにおいて排出される 温室効果ガス (GHG)排出量から除去・吸収量を除いた 総量をCO2量に換算し「視覚化」する手法で、それにより自社の脱炭素化の道筋が見えてきます。
カーボンフットプリントを推進しつつ、将来的にはTNFDと併せて活用することも可能でしょう。
カーボンフットプリントについてより知りたい方はこちらの記事もぜひご覧ください。
企業のTNFD活用事例

ここからはTNFDに基づいた活動を行っている実際の日本の企業事例をご紹介します。
KDDI
KDDIは2023年度TNFDフォーラムに加盟し、TNFDの4つの推奨開示項目による積極的な情報開示を進める計画です。これまでも生物多様性保全への貢献を多角的に捉えるため、「KDDI 生物多様性保全の行動指針」を策定し、「事業活動における保全の実践」「関係組織との連携・協力」「資源循環の推進」の3つを掲げ、活動を推進してきました。今後も5GやIoTなどのテクノロジーを活用したKDDIの強みを生かし、TNFDの推進を図ります。
東急不動産ホールディングス
東急不動産ホールディングスは、自社のバリューチェーンの中でも、開発から運営段階での自然関連の重要性が特に高いと考えています。そのため都市開発事業及び管理運営事業の物件を対象として、オフィス・商業施設、ホテル等の主要267施設所在地とTNFDの指標データと提言に基づいた優先地域の評価を実施しています。
キリンホールディングス
キリンホールディングスは、すでに「キリングループ生物資源利用行動計画」に基づき、国や地域で異なる水問題の解決に向けた活動を行ってきました。さらに自然資本側への対応を通じて気候変動や容器包装の課題解決にも寄与していきたいと考えています。今後、TCFDフレームワークに加え、TNFDフレームワークにも対応し企業戦略に反映することで、統合的アプローチを高度化させる狙いです。
まとめ:TNFDを理解して自然資本保全を推進する企業に!

企業や金融機関にとって、気候変動対策と同様に重要な「 TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」を解説しました。持続可能なビジネスを行うためには、自然資本の保全を欠かすことはできません。気候変動対策と共に企業や金融機関による自然資本保全への対応は、今後さらに重要となるでしょう。
株式会社ゼロックは環境負荷軽減の第一歩であるLCAによる適切な環境評価を、専門的な知見と経験をもとに総合的にフォローが可能です。そして脱炭素経営から環境マーケティングまでを幅広くサポートします。ぜひ一度お気軽にお問い合わせください。