松井 大輔
株式会社ゼロック 代表取締役 監修
目次
二酸化炭素をはじめとした温室効果ガス(GHG)排出量削減は今や世界の潮流であり、民間企業においても避けて通れない重要な課題となっています。
GHG排出量削減について調べると、必ずといっていいほど見聞きするのがGHGプロトコルというキーワードです。
この記事では耳馴染みのない方も多いGHGプロトコルの基本的な情報とその重要性について説明します。
GHGプロトコルとは?
GHGプロトコルはGHG排出量算定の国際基準
温室効果ガスプロトコルイニシアチブ(GHGプロトコル)の目的は、オープンで包括的なプロセスを通じて、国際的に認められたGHG排出量の算定と報告の基準を開発し、利用の促進を図ることである。
温室効果ガス(GHG)プロトコル〜事業者の排出量算定及び報告に関する標準〜(訳:環境省)
GHGプロトコルとは、その名の通りGHGに関するプロトコル(Protocol:取り決め・協定)であり、GHG排出量算定のための国際基準です。
1998年にWRI(世界資源研究所)とWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)の主導の元、世界中の様々な政府機関やNGOなどが参加してその策定が開始されました。
2001年に公開されたCorporate Standardでは1つの企業から排出されるGHG排出量を算定するための基準でしたが、2011年に公開されたScope3 Standardではサプライチェーンまでを含めたGHG排出量を算定するための基準となり、これが最新のGHGプロトコルの基本となっています。
現在では、気候変動対策において国際的な基準と方針を提供し、透明性を高め、国際的な協力と協調を促進し、気候変動への対処に向けた取り組みを支援する役割を果たすことで、持続可能な社会の構築に貢献する重要なツールとして位置付けられています。
GHGプロトコルの重要なポイント
GHGプロトコルは、GHGの排出量を測定し、報告するための一貫した基準を提供することで、異なる国や企業の排出データを比較可能にし、透明性を高めることを目的としています。これにより、異なる組織がそれぞれの排出量削減目標を設定し、排出削減努力の効果を評価し、調整するための情報を得ることができます。
また、GHGプロトコルでは企業が直接排出するGHGだけでなく、間接的に排出するGHGも重視されます。つまり、自社のオフィスや工場から直接排出されるGHGといったわかりやすい数値だけでなく、電力などの二次エネルギーに伴い排出されるGHG、さらに原材料の生産から製品の使用、廃棄などサプライチェーン全体で間接的に排出するGHGも算定対象となります。
従って、GHGプロトコルに基づいた適切なGHG排出量算定を行っていれば、単に自社の直接的なGHG排出量削減だけでなく、企業活動全体を通してGHG排出量削減に取り組むモチベーションとなります。
また、GHG排出量の多い工程を外部の企業に委託するなどの方法で自社の排出量を見かけ上削減するといったこともできないようになっているのです。
GHGプロトコルのScope1・2・3
GHGプロトコルでは排出されるGHGを3つのScope(スコープ:範囲)に区分して考えます。この分類をScope 3基準と呼び、この3つに区分されたGHG排出量の合計がサプライチェーン全体でのGHG排出量となります。
区分 | 定義 | 具体的な内容(例) |
---|---|---|
Scope 1 | 自社による直接排出量 | 自社内のボイラー・エンジンなどの燃焼設備 自社工場での化学反応・分解によるGHG発生 |
Scope 2 | 自社による関節排出量 | 外部から得たエネルギー(電気・熱など)の使用 |
Scope 3 | サプライチェーン全体での 間接排出量 | 購入した原材料等の生産に伴い生じたGHG 販売した製品の運搬や使用に伴い生じたGHG 従業員の通勤や出張に伴い生じたGHG …など、自社の事業に関係するあらゆる活動から生じたGHG |
Scope 1は、直接的なGHG排出を指します。企業が直接的に所有・管理・運営する施設や設備から排出されるもので、一般的な排出源には、燃焼による二酸化炭素(CO2)排出や製品の製造などに伴うメタン(CH4)、窒素酸化物(NOx)の排出があります。
Scope 2、間接的なエネルギー関連のGHG排出を指します。これは主に電力や熱などのエネルギーを購入し、その使用に伴って排出されるものです。Scope 2の計測と報告は、再生可能エネルギーの利用やエネルギー効率の改善など、エネルギーの購入と使用に関する重要な情報を提供します。
Scope 3は企業の活動に伴い発生するScope 1、Scope 2以外のすべてのGHG排出が含まれ、原材料調達、製品の輸送、顧客の使用段階、廃棄物の処理など、企業のサプライチェーン全体が対象となります。Scope 3の計測と報告は、企業の持続可能性への影響を評価し、削減機会を特定するのに役立ちます。
Scope 3の対象は非常に多岐に渡るため、さらに15のカテゴリに分けられています。また、この15のカテゴリに区分されないものでも事業活動に関連し発生するGHGがある場合には、その他の項目としてScope 3にカウントされます。
カテゴリ | 内容 |
---|---|
購入した製品・サービス | 原材料の調達、パッケージングの外部委託、消耗品の調達 |
資本財 | 生産設備の増設 (複数年にわたり建設・製造されている場合には、建設・製造が終了した最終年に計上) |
Scope1,2に含まれない燃料及びエネルギー活動 | 調達している燃料の上流工程(採掘、精製等) 調達している電力の上流工程(発電に使用する燃料の採掘、精製等) |
輸送、配送(上流) | 調達物流、横持物流、出荷物流(自社が荷主) |
事業から出る廃棄物 | 廃棄物(有価のものは除く)の自社以外での輸送、処理 |
出張 | 従業員の出張 |
雇用者の通勤 | 従業員の通勤 |
リース資産(上流) | 自社が賃借しているリース資産の稼働 (算定・報告・公表制度では、Scope1,2 に計上するため、該当なしのケースが大半) |
輸送、配送(下流) | 出荷輸送(自社が荷主の輸送以降) 倉庫での保管 小売店での販売 |
販売した製品の加工 | 事業者による中間製品の加工 |
販売した製品の使用 | 使用者による製品の使用 |
販売した製品の廃棄 | 使用者による製品の廃棄時の輸送、処理 |
リース資産(下流) | 自社が賃貸事業者として所有し、他者に賃貸しているリース資産の稼働 |
フランチャイズ | 自社が賃貸事業者として所有し、他者に賃貸しているリース資産の稼働 |
投資 | 株式投資、債券投資、プロジェクトファイナンスなどの運用 |
その他 | 従業員や消費者の日常生活など |
GHGプロトコルのこの3つのScopeは、企業が自身の気候変動に対する影響を包括的に評価し、GHG排出量削減策を策定する際に役立ちます。また、異なる国や企業間での正確な比較や透明性の向上にも寄与します
GHGプロトコルに沿ったGHG排出量算定の重要性
正しいGHG排出量算定はGHG排出量削減の第一歩
二酸化炭素(CO2)をはじめとした温室効果ガス(GHG)排出量削減に取り組むために、最初に取り組むべき第一歩といえるのが排出量算定です。
現状を把握し、排出量削減の目標設定や課題の洗い出しを行い、実際に削減に取り組んだ結果を確認する。そのすべての過程に適切な排出量算定が必要となってきます。
しかし、各国や各企業がそれぞれバラバラの基準で排出量算定を行っていても適切な比較ができません。そのために策定されてのがGHGプロトコルです。
日本では環境省がGHGプロトコルをベースとしたガイドライン「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する 基本ガイドライン」を公表しています。
民間企業においても、GHG排出量を公表する際にはGHGプロトコルに準拠した正しいGHG排出量算定を行うことが求められているのです。
Scope 3までのGHG排出量算定が当たり前の時代に
これまで企業のGHG排出量削減というと自社で発生されるGHGや電力などの二次エネルギーの使用に関する部分を指すことが多く、これはGHGプロトコルにおけるScope 1とScope 2に当たる部分でした。
しかし、現在ではScope 3、つまりサプライチェーン全体を含めた間接的なGHGまでを含めた排出量削減が企業の責任と考えられるようになってきました。
多くの国や地域で、Scope 3までのGHG排出量報告が法的要件として導入されています。また、国際的な取り組みとして進んでいる気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)でもScope 3の報告を奨励しています。
日本でも今後こうした流れが強化されてくることは間違いないでしょう。その様な中で、自社が直接排出するGHGだけを排出量として算定し削減目標を策定したとしても、むしろ先進的でない環境に対して配慮の足りない企業だと見なされる可能性すらありえます。
すでにScope 3までのGHG排出量算定が当たり前の時代になっているのです。
まとめ
現代の企業においてGHGプロトコルに基づいたScope 3までのGHG排出量算定は当たり前のものとなってています。
しかし、間接的に排出されるGHGの量は直接計測することができず、特にScope 3のGHG排出量は推定値とならざるを得ないため、その算定には専門的な知見が必要で非常に困難なものと言えます。
また、今後はGHG排出量削減の代わりに環境保護活動を支援するカーボン・オフセット・クレジット制度の活用なども見込まれており、企業の担当者が抑えるべき情報はますます増えています。
ゼロックではスコープ3算定支援をはじめ、企業の脱炭素経営をトータルに支援します。