松井 大輔
株式会社ゼロック 代表取締役 監修
目次
生物多様性とは、多種多様な生物が相互に共存しながら豊かな生態系を育むことです。
しかし現在地球上では、種の絶滅が過去1,000 万年間で類を見ないスピードで進んでいると言われています。
そのため近年生物多様性を保護する観点から、経済活動におけるLCA(ライフサイクルアセスメント)での生態系への影響を評価することの重要性が叫ばれています。
本記事では生物多様性の現状や問題点、そして生物多様性を守るための取り組みまで、詳しく解説します。生物多様性に対する知識を総合的に網羅し、どのようにLCAで評価するかの理解も可能ですので、ぜひご一読ください。
生物多様性とは
まずは生物多様性とは何かについて、次の観点から詳しく解説していきます。
- 生物多様性の意味とは
- 3つの多様性とは
- 生態系サービスとは
生物多様性の意味とは
生物多様性とは簡単にいうと「地球上の個性あるすべての生物が間接的・直接的にかかわりあい、つながりあいながら生きていること」です。
より具体的にいうなら、以下のような食物連鎖の例がわかりやすい例でしょう。
- 田んぼの稲をイナゴが食べる。
- 稲を食べたイナゴをカエルが食べる。
- カエルはヘビに食べられる。
- カエルやヘビからでた排せつ物や、死んだ後の死がいは土にかえり微生物によって分解される。
- 分解されたか死骸は栄養分として植物に取り込まれる。
このような複雑な関係を食物網と呼びます。食物網は多様な種が存在することで豊かさや複雑さを保ちます。生物の多様性は生態系の安定にもつながる地球の重要な循環の輪と言えます。
3つの多様性とは
生物多様性には3つのタイプが存在します。それぞれを詳しく解説しましょう。
生態系の多様性
生態系とは、自然と生物が相互関係を保ちながら生息する基盤環境のことです。生態系には海洋、山地、熱帯林、サバンナ、砂漠、人の手が入った森林や里地里山などさまざまなものがあり、それぞれに対応した多様な生物が存在します。
種の多様性
種とは「生物の単位」を表すもので、一つの種を形成し子孫を残せるものが同種と呼ばれます。同種は形態も似ていることがほとんどであり、たとえばイヌとオオカミは子孫を残すことができるから同じ種になります。しかし、イヌとネコは同種ではないため子孫を残すことはできません。そのように種においても多くの多様性が存在します。
遺伝子の多様性
生物は親から受け継いだ遺伝子によって、体の構造や機能が決定しますが、同種でも異なる遺伝子が組み合わさることで個性が発生します。たとえば病気発生に対応できる遺伝子が組み合わさることで、病気に強い個体が生まれるなどです。遺伝子はそのような多様性を秘めています。
生態系サービスとは
生態系サービスとは、生物多様性の恵みから、人間が受ける恩恵のことを言います。具体的な内容を表にまとめました。
なお、以下の分類の1〜4までは国連の主導で行われた「ミレニアム生態系評価(MA)」によります。5は、2007年に欧州委員会とドイツにより提唱されたTEEB(生態系と生物多様性の経済学)がMAの分類を基本として追加したものです。
生態系サービス分類 | サービス内容 |
供給サービス | 食料・木材・衣類・水・薬用資源等、人間の生活に必要なあらゆる資源は生態系から供給されるもの。 |
調整サービス | 大気質調整・水量調整・水質浄化・土壌侵食抑制等、生態系が保たれることで気候の調整や災害緩和が可能となる。 |
文化的サービス | 自然景観の保全・レクレーションや観光の機会創出・科学的知識の促進等、生態系による文化的な面からのサービス。 |
基盤サービス | 植物の光合成・水循環・微生物や昆虫による土壌形・他いのちの生存の基盤となるもので、供給・調整・文化的サービスを支えるサービスと言える。 |
生息・生育地サービス | 遺伝的多様性の維持・生息・生育環境の提供等のサービス。 |
参照:環境省「生物多様性」
このように生物多様性が豊かであればあるほど、生態系サービスの質は向上することがわかります。
生物多様性の現状と問題点とは
前段で述べたように人間が生態系から受ける恩恵は非常に大きく重要なものです。しかし、年々生態系を司る生物多様性は破壊され、減少しているのが現実です。ここでは生物多様性が減少する原因と、それによりどのような問題が発生するのかを具体的に解説します。
生物多様性の【4つの問題点】
生物多様性が減少してしまう現状について、主な原因を4つの問題点と言われる観点から見てみましょう。
人間の経済活動による自然破壊の危機
人間が行う経済活動による過度な自然破壊は、生物多様性減少の大きな原因の一つです。人間活動により、土地が乱開発されたり森林が伐採されたり、動植物が乱獲されたりしている現実があります。これらは生物の生息地を奪い種を減少させ絶滅の危機を招いており、自然に与える影響は多大と言えるでしょう。
人の手が減ることによる生態系の危機
里山や田畑などのいわゆる田舎の生態系は人の手が入ることにより保たれてきました。しかし、過疎化などによる人口減少で手入れが行き届かなくなり、田畑や里山の自然が失われ、その場所にいた生物が生息できなくなっているのです。
外来種による危機
外来種とは、本来その場所に生息するはずのない生物のことです。日本でも外来種などの持ち込みによる生態系の破壊が多く起きています。外来種は在来種を捕食し、生息場所を奪ったりします。さらに交雑による遺伝子の攪乱も見逃せません。これら外来種による危機は、動物界だけではなく、植物界においても起きています。
地球環境変化による危機
地球温暖化による環境変化は今や世界的な課題です。温暖化による影響で世界の平均気温は2050年までに1.5〜2度まで上昇すると警鐘が鳴らされています。そのような事態になれば氷河が溶けだしたり海面温度の上昇が起きたりします。そのような事態は、動植物のおよそ20〜30%が絶滅のリスクを高めると言われており、対策は急務です。
生物多様性の減少による影響とは
それでは生物多様性が減少することでどのような影響があるのかについて解説します。
人間への影響
そもそも人間自身が多くの生物や自然環境と密接にかかわりあいながら生きています。生物たちの豊かな個性とつながりこそが生物多様性であるならば、人間もその輪の中の生物のひとつです。もし、この先他の生物が絶滅した場合、人間だけが生存できる保証はどこにもありません。
生物多様性は人間が生存するのに欠かせない基盤であり、基盤がなくなれば人間の存在自体が危うくなるでしょう。
災害抑止力の減少への影響
森林をはじめとした自然には災害を抑止する力があります。たとえば森林や緑地は雨水を貯留・浸透させる機能を有しています。そのため、降雨時の急激な雨水流出等があった場合でも森林が雨水の量を抑制し、危険な洪水や土砂災害を軽減することが可能でした。
しかし、現代は森林の減少により、雨水を抑止する機能が弱まっており土砂災害が起きやすくなっています。このように生物多様性の減少や生態系の破壊は災害にも大きく関連しているのです。
異常気象や温暖化加速への影響
森林における光合成や呼吸は、地球上の炭素循環に大きな影響を及ぼしています。多様な樹木が生息している森林は炭素を吸収したり固定したり、気候を安定させる高い能力が有します。そのため、これらが減少することで温室効果ガスが増加し、地球温暖化が加速します。地球温暖化が加速することは気候変動による異常気象を頻発させる恐れがあるのです。
これらの危機を回避するためにも、生物多様性保全への取り組みはもはや必須と言えます。
生物多様性における世界と日本の取り組み
生物多様性保全のために、世界や日本ではどのような取り組みを行っているか、最新の取り組みを解説します。
世界の取り組み「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」
「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」は、2030年までに地球の陸・海それぞれ30%の面積を保全することを目指しています。2021年度にイギリスで開催されたG7サミットで合意された「G7・2030年自然協約」、そして2022年度にカナダで開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明―モントリオール生物多様性世界枠組み」の目標3に記載されました。
「30by30」を実現することで自然を良い状態に保ち、その恵みで人々が豊かに暮らせるようにつなげることが目標です。日本は「30by30」達成のために「30by30ロードマップ」を策定しています。
日本の「生物多様性国家戦略2023‐2030」概要
日本はこれまでも「生物多様性条約」を締結し、「生物多様性基本法」を制定するなど、さまざまな取り組みを行ってきました。今回、2022年に新たに採択された世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に対応した「生物多様性国家戦略 2023-2030」に取り組むことが、2023年5月に閣議決定されました。
「生物多様性国家戦略 2023-2030」では、2030年のネイチャーポジティブ(自然再興)の実現を目指します。地球の持続可能性の基盤であり、人間が地球で生活するうえの根幹となる生物多様性や生態系および自然資本を保護し活用するための戦略です。
生物多様性とLCAの関係
ここまで生物多様性における原因や問題点を解説してきました。人間の経済活動が生態系や生物多様性に、大きな影響を及ぼしていることが理解できたのではないでしょうか。
国や自治体は生物多様性の保護への取り組みを、今後ますます推進していくでしょう。またESG投資家においては、生物多様性分野にも環境配慮を求める動きが広がっています。そのため、生物多様性の取り組みを重視しない企業には、今後、投資が行われない可能性もあります。
このような背景から、企業の事業活動におけるLCA(ライフサイクルアセスメント)の環境評価がより重要となっていくことは間違いありません。LCAとは、製品やサービスの原材料調達から生産・輸送・製造・使用・修理・解体・リサイクル等までを含めた一連のプロセスで環境評価を行う手法です。
LCAというと地球温暖化(温室効果ガス排出量)の評価のイメージが強いですが、近年生物多様性の観点での評価需要が高まっています。
LCAについてはこちらの記事で詳しく解説しておりますので、参考にぜひご覧ください。
LCA(ライフサイクルアセスメント)とは?わかりやすく解説します
LIME(統合化指標)とは
LIME(統合化指標)とは、「Life cycle Impact assessmentMethod based on Endpoint modeling)」の略であり、LCA国家プロジェクトとして、日本で開発されたライフサイクル影響評価手法の一つです。環境影響を統合的に評価するための指標であり、下記11の影響領域と1000以上の物質をカバーしています。統合的に評価をおこなうことで、トレードオフの解消に繋がり、近年益々注目度が高まっています。
- 都市域大気汚染
- 室内空気質汚染
- 有害化学物質
- 騒音
- オゾン層破壊
- 地球温暖化
- 光化学オキシダント
- 生態毒性
- 酸性化
- 富栄養化
- 廃棄物
- 土地利用
- 鉱物資源消費
- 化石燃料消費
- 森林資源消費
LIME(統合化指標)の5つの分析
LIME手法は次の5つの分析に分かれます。表にまとめましたので参考にしてください。
分析名 | 分析内容 |
運命分析 | 環境負荷物質の発生による大気や水などの環境媒体中の濃度変化分析を行う |
暴露分析 | 環境媒体中における環境負荷物質の濃度変化による暴露量の変化分析を行う。 |
被害分析 | 暴露量の増加を受けた対象の潜在的被害量の変化を被害ごとに評価する。 |
影響分析 | 共通する終着点(例えば人間への健康への影響)ごとにそれぞれの被害量を集約する。 |
統合化 | 環境負荷のそれぞれの終着点に対する重要度を適用させ、環境影響の統合化指標を得る。 |
LIMEは日本国内で広く利用されており、LCAや環境効率、環境会計等、さまざまな環境評価ツールとして活用されています。また被害評価の不確実性の改善、社会的合意性の高い統合化指標の改善のために「LIME2」も開発されました。
LIME(統合化指標)の6つの特徴
さらにLIME手法の特徴を以下にまとめましたのでご覧ください。
特徴 | 具体的な内容 |
国際規格との整合性 | 分類化、特性化などの必須要素のほか、正規化、グルーピング、重み付けなどの任意要素を含む。 |
利用の容易性 | インベントリデータと評価係数リストとの線形和で評価が可能。 |
自然科学的知見の活用 | 各分野の最新の知見を活用して終着点に対する被害の評価を行う。 |
社会科学における解析手法の利用 | 社会的合意性の高い統合化手法を採用する。 |
解釈の容易性 | 単一指標に対しては経済指標、保護対象は被害指標を採用し、評価結果の意味を明示する。 |
評価の網羅性 | 13影響領域(LIME2)を網羅した評価値を行うことが可能。 |
国内の企業取組事例紹介
それでは最後に国内の生物多様性に対しての企業の取組事例を3つご紹介します。
株式会社JTB
JTBグループは顧客や地域と共に自然環境や生物多様性の保全活動を地域の特色を生かしながら実施しています。福島県いわき市でコットンの収穫体験を通じて東日本大震災からの農業の復興、地域コミュニティの再生につなげることを目指す「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」に支援を行っています。また沖縄県恩納村では、地域の漁業協同組合と協働し、サンゴの保全やビーチクリーン活動を行うプログラムを企画しています。
シャボン玉石けん株式会社
シャボン玉石けん株式会社は、2013年からインドネシアにおける泥炭火災用消火剤の研究開発・実証事業を実施。同社が開発した石けん系泡消火剤は、使用時の環境負荷が少なく、泥炭地の地中深くまで浸透するため少量の水で消火することが可能です。泥炭火災に伴う森林の消失を抑制し、生物多様性の保全に貢献しています。
キヤノンマーケティングジャパン株式会社
キャノンは「未来につなぐふるさとプロジェクト」を実施し、国内各地において棚田の保全や森林整備、干潟や湖沼への環境保全活動や「自然環境・生き物・農業」をテーマとした環境学習を行っています。また使用済みトナーカートリッジの回収本数や、PPC用紙の販売数などに応じた寄付金で協業するNPOに支援しています。
まとめ
本記事で生物多様性についての知見が深まり、自社としての取り組みの気づきを得ていただければ幸いです。しかし、企業として環境評価に取り組む場合はより専門的な知識が必要なのが事実です。
株式会社ゼロックは専門的な知見と経験をもとに、特にLCAの環境評価について総合的にフォローが可能です。自社でLCAによる環境評価を検討している企業担当者の方は、ぜひ一度お気軽にお問い合わせください。