
松井 大輔
(監修者経歴)
東京大学 醍醐研究室卒業、株式会社ゼロック 代表取締役、東京大学 先端学際工学専攻 博士課程
要約
- 温室効果ガスの排出量を算定・報告する際の国際的な規準であるGHGプロトコルの大幅改訂が行われており、これにより日本企業の算定・開示方法も影響を受ける。
- Scope2ガイダンスにおける主な改訂の論点は、①アワリーマッチング(同時同量)の導入、②供給可能性に基づくバウンダリの狭小化、③標準供給サービス導入等であり、Scope2算定の負荷は増える見込み。
- 2025年、改訂版の主要な要求事項へのパブリックコメントを募集中
アワリーマッチング(同時同量)の導入
これまでScope2では、ロケーション基準で年平均の排出係数を用いることが一般的で、マーケット基準でも「電力を使った時間」と「再エネ証書が発行された時間」を一致させる必要はありませんでした。しかし改訂案では、この前提が大きく変わります。
まずロケーション基準では、信頼できる出典から無料で入手できる場合には、より細かい時間・地域の排出係数を使用することが必須とされました。日本においては、送配電事業者が30分単位で電源構成を公開しており、これをもとにエリア別・時間別の排出係数を把握できるため、今後は国平均ではなく「どの地域のどの時間帯に電気を使用したか」を反映した算定が求められるようになります。
一方のマーケット基準では、「クリーン電力を使っている」と主張する際に、証書やPPAなどの調達手段について、消費電力量と発電量を1時間ごとに対応づける“アワリーマッチング(同時同量)”の導入が提案されています。現在の日本の非化石証書やグリーン電力証書は時刻情報を持たないため、この要件が正式に採用されれば、証書の仕組みそのものを大きく作り替える必要が生じます。
供給可能性に基づくバウンダリの狭小化
これまでは、ロケーション基準では「日本全体」をひとつの系統として扱い、全国平均の排出係数を用いることが一般的です。これに対して改定案では、「供給可能性(deliverability)」という考え方が導入され、実際に電力が物理的に届きうる範囲を前提に排出係数を設定することが求められます。日本であれば、送配電会社ごとの10エリアを単位として排出係数を用いるのが妥当だと想定され、バウンダリが従来よりも地理的に細かく区切られる方向に変わっていきます。
マーケット基準についても同様に、「どこで発電した電気か」がこれまで以上に問われるようになります。同一の送配電エリア内であれば、その再エネ電力は自社の需要に対して物理的に供給可能だとみなすことができますが、エリアをまたいでクレジットやPPAを利用する場合には、連系線容量の制約などを踏まえて「本当にその電力が自社の需要側に届きうるのか」を証明することが求められる、という整理です。
もっとも、こうした地理的バウンダリの厳格化や、マーケット基準における1時間ごとのマッチング要件を、すぐに既存契約すべてに適用すると現実的ではない側面もあります。このため改定案では、過去に締結された長期契約については一定期間、従来ルールの下で扱うことを認める「レガシークロース(Legacy Clause)」と呼ばれる経過措置の導入も提案されており、移行期の実務負荷に配慮した設計が検討されています。
標準供給サービス導入
日本では、FITや一部のFIPといった政策的に支援された再生可能エネルギー電源について、非化石証書を購入することで「この電気を自社が使った」とみなすことが可能でした。しかし海外では必ずしも同じ扱いではなく、たとえば米国のRPS制度では、義務達成のために償却された証書は企業が独自に主張へ転用することは認められていません。
Scope2改訂案では、こうした状況を踏まえ、新たに“標準供給サービス(Standard Supply Service, SSS)”という概念が導入されています。これは、ユーティリティが提供するデフォルト電源、政府が義務づけるクリーンエネルギープログラム、そしてFITのように規制を通じてコスト回収が保証されている公的支援電源など、いわば「公益的に支えられた電力供給」をひとつのカテゴリーとして整理するものです。スコープ2の作業部会資料でも、規制によるコスト回収が認められている電源はSSSに含まれる方向性が明示されており、日本のFITや一部FIPがこの範囲に入ることはほぼ確実だと考えられます。
標準供給サービスに分類される電源については、「自社が負担している割合(pro rata share)」以上のクリーン電力を主張することはできない、という点が今回の改訂案の大きな特徴です。つまり、社会全体で支えている再エネを、低価格の証書さえ買えば“100%自社のもの”として計上するような使い方は認められなくなるということです。企業が実質的な再エネ利用を主張するには、FIT由来電源とは別に、追加性や同時性を備えたPPAや市場証書をどの程度確保しているかが、今後いっそう問われるようになります。
企業に求められる対応
GHGプロトコル改訂は、いままでの算定方法の考え方を大きく変える部分が盛り込まれています。
いま企業が備えるべきは、これらのルール改訂を“負担”として捉えるのではなく、脱炭素戦略の立て直しと透明性向上のチャンスとして位置付ける視点です。電力データの高精度化、再エネ調達ポートフォリオの再構築、社内システムの整備など、変化に先んじた投資が競争力そのものを左右します。GHGプロトコル改訂は、単なる規制対応ではなく、企業が自らの気候戦略を再定義し、より信頼される開示へ進化するための重要な転換点と言えます。
なお、現在GHGプロトコルでは、2025年12月19日までパブリックコメントを募集中です。Scope2算定に関わる課題を洗い出し、日本企業から多くの意見が提出されることを期待しています。
参考文献
- https://ghgprotocol.org/standards-development-and-governance-repository
- https://ghgprotocol.org/ghg-protocol-public-consultations
- https://ghgprotocol.org/blog/upcoming-scope-2-public-consultation-overview-revisions
- https://ghgprotocol.org/ghg-protocol-corporate-suite-standards-and-guidance-update-process
- https://ghgprotocol.org/sites/default/files/2025-08/S2-Meeting17-Presentation-20250728.pdf
- https://ghgprotocol.org/sites/default/files/2025-07/S2-Meeting16-Presentation-20250625.pdf












