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専門家コラム

IPCC の今後について

公開日 2024.08.15 最終更新日 2024.08.15

田辺 清人

IGES上席研究員

世界中で気象関連の災害が発生し、それが地球温暖化との関連で報じられることが、もはや珍しくなくなっています。最近では、「気候変動」にとどまらず「気候危機」や「気候崩壊」という言葉が使われるようになっていますし、今年7月には世界の平均気温が観測史上最高となる見込みとなったことを受けて、グテーレス国連事務総長が「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が始まった」と危機感を露わにしました。そのような報道ではよく「IPCCの報告書」が引き合いに出されます。このカーボンニュートラルリテラシーでも、IPCCという言葉はお馴染みになっています。

本稿では、改めて、IPCCとは何なのか、を解説します。

「IPCC」とは何か?

IPCCは、”Intergovernmental Panel on Climate Change”の略称です。日本語では「気候変動に関する政府間パネル」と訳されますが、今や、日本でもIPCCという英語の略称の方が皆さんにはなじみ深いかもしれません。

IPCCは、1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立され、その年の国連総会の承認を経て活動を開始しました。これは、人間の活動により惹き起こされる地球温暖化(気候変動)が、1980年代に国際政治上の課題として認識されるようになったことが背景となっています。

大気中の二酸化炭素(CO2)が増えると地球の平均気温が上昇するという現象、いわゆる「温室効果」は、100年以上も前から科学的には認識されていました。しかし、それが人類にとって大きな問題となり得ると広く認識されるようになったのは、20世紀後半になってからです。例えば、1985年にオーストリアのフィラッハに科学者が集まって開催された国際会議で、CO2など温室効果を持つガスが大気中で増加することによって、21世紀の前半には地球の平均気温が人類史上かつてないほど上昇するだろう、という警告が発せられました。そのような科学者達からの警告が、世界の多くの国の政府を動かし、1988年のIPCC設立につながったと言えます。

IPCCの役割と特徴

IPCCは、人間が惹き起こす気候変動の影響やそのリスク、また、それらへの対応策の選択肢について、科学的・技術的・社会経済学的な情報を世界中から集めて評価し、その結果を世界各国の政府・政策決定者や一般の人々に知らせる役割を担っています。IPCCのユニークな点として特筆すべきは、科学者が協力して政策決定者に政策検討のための助言を行う仕組みを、恐らく史上初めて世界規模で実現したことでしょう。2010年にIPCCの手続きや手順のレビューを行った国際学術組織「インターアカデミーカウンシル(IAC)」も、厳密な手続きに従って数千人の科学者と政府代表が気候変動に関する科学的合意を形成していくIPCCのプロセスは、non-traditionalな取り組みとして成功を収めてきたと評価しています。一部の人々からはさまざまな批判を受けつつも、IPCCは多くの政府や市民から信頼されてきました。2007年にはノーベル平和賞を受賞しています。最近は、気候変動問題以外のさまざまな地球環境問題についても、「IPCCのような」科学的評価機関が必要だ、と言われるようになっています。実際、生物多様性の問題については、2012年にIPCCを真似てIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)が設立されました。

IPCCは国連の下の組織ですが、多くの専属職員を抱えているわけではなく、その活動は世界中の数千人の科学者の自発的な貢献によって支えられています。また、IPCCは自ら研究を行っているわけではなく、世界中から気候変動に関する研究成果や関連文献を集めてそこで得られる情報を抽出・評価し、最新の科学的知見としてまとめているのです。気候変動問題について懐疑的な見方をする人々の中には、「IPCCはごく一部の偏った科学者の集団で、その報告書は信用できない」といった極端な批判をする向きもあるようですが、それは誤解です。IPCCの報告書は、多様なバックグラウンドを持つ数千人の科学者が、厳密かつ透明性の高い手続きに従って、世界中の専門家や政府の意見にも耳を傾けながら作成するものなのです。(IPCC報告書がどのように作成されるのか、その詳細については、IPCCホームページを参照してください。https://www.ipcc.ch/about/preparingreports/) 

科学と政策

IPCCを特徴づける重要な原則があります。それは、「IPCCが作成する報告書は政策的に中立でなければならず、政策を規定するものであってはならない(be policy-relevant but not policy-prescriptive)」というものです。IPCCは、気候変動に関する政策を検討する上で必要な情報を科学の立場から提示しますが、特定の政策を推奨することはしません。科学的な情報に基づいてとるべき行動を決めていくのは、科学者ではなく政策決定者の役割だからです。温暖化抑制目標についても同様です。ときどき、「産業革命以前からの気温上昇を1.5℃までに抑えるべき」という目標をIPCCが決めたかのように言われることがありますが、それは誤解です。

1992年に採択された気候変動に関する国際連合枠組み条約(気候変動枠組条約、UNFCCC)は、第2条において、「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすことにならない水準において大気中の温室効果ガス濃度を安定化させること」を究極的な目的と定めました。そして、「そのような水準は、生態系が気候変動に自然に適応し、食糧の生産が脅かされず、かつ、経済開発が持続可能な態様で進行することができるような期間内に達成されるべきである」と述べています。しかしそこでは、肝心の「水準」や「期間」について、具体的な数字が示されていません。当時、それらを一意に決めるのは困難だったからでしょう。

その後、IPCCは、UNFCCCの究極的な目的(第2条)を常に意識してきました。気候系に対する危険な人為的干渉、とは一体何なのか。しかしこの問い対する答えは、純粋な科学的議論だけでは見つけられません。何をもって「危険」と判断するかは、人それぞれの価値観や置かれた境遇によって異なるからです。様々に異なる人々の価値判断を踏まえた上で、前述の「水準」や「期間」について具体的な目標を決めるのは、科学者ではなく政策決定者の役割です。そこで、IPCCはUNFCCCの第2条について定量的な断定を試みるのではなく、政策決定者たちが価値判断を伴う検討・決定をするにあたって有用な科学的情報を提示する努力を続けてきました。(例えば、気温が上昇するにつれて極端な気象現象が発生するリスクがどれくらい高まるかを示す図1などは、そのような科学的情報の典型的な例と言えます。)

図1 温暖化に伴う各種のリスクが気温上昇につれて高まることを示す図
(2014年3月に発表されたIPCC第5次評価報告書WG2レポートの政策決定者向け要約(SPM)のAssessment Box SPM.1 Figure 1)

その結果、2015年のUNFCCC締約国会議(COP21)で、政策決定者たちはようやく「工業化以前からの世界全体の平均気温の上昇を、2℃を十分に下回るものに抑えること、さらには1.5℃までに制限するよう努力すること」を目標とするパリ協定の合意にたどり着いたのでした。

IPCCの構造

気候変動に関わる問題は様々な分野に及び、その科学的評価・検討を行うために必要な専門性も多岐にわたります。このためIPCCは、専門分野の異なる三つの作業部会(Working Group)を設けて、それぞれの分野に必要な専門家のネットワークを形成しています。

第1作業部会(WG1)は自然科学的根拠の評価を担当しています。例えば、平均気温がこれまでどれくらい上昇し今後どれくらい上昇すると予測されるか、あるいは、海水面上昇についてはどうか、などについて科学的知見をまとめる役割です。第2作業部会(WG2)は気候変動の影響、適応方策と脆弱性評価を担当しています。例えば、気候変動によって水資源や生態系はどのような影響を受けるか、健康被害や災害発生などによる経済的損失はどれくらいか、また、そのような影響・被害を抑えるためにどのような方策があるか、などについてまとめる役割です。第3作業部会(WG3)は気候変動の緩和方策についての評価を担当しています。第2作業部会が気候変動による影響とそれへの対処方法を評価しているのに対して、第3作業部会は気候変動そのものを抑えるための方策について科学的に評価する役割を持っています。

さらに、IPCCはもう一つ、国別温室効果ガスインベントリーに関するタスクフォース(Task Force on National Greenhouse Gas Inventories: TFI)を設けています。TFIは、温室効果ガスの排出量・吸収量を世界中の国がなるべく正確に把握できるよう、標準的な算定方法を開発しそれを普及させる役割を担っています。この役割は、IPCC発足後しばらくはWG1の下に設置されたサブプログラムが担当していたのですが、1998年にタスクフォースとして格上げされました。これは、前年(1997年)にUNFCCCの下で京都議定書が合意されたことがきっかけだったと言えます。京都議定書では、先進国などの温室効果ガス排出量について法的拘束力を持つ削減・抑制目標が合意されました。その削減・抑制目標が達成されたかどうかを判定するためには、各国の温室効果ガス排出量・吸収量がなるべく正確に計算される必要があります。このため、排出量・吸収量の算定方法の重要性が格段に高まり、IPCCにおけるTFI設置が決まったのでした。

図2 IPCCの各作業部会とTFIの担当分野を示す概念図
(IPCCの構造については、IPCCホームページも参照してください。
https://www.ipcc.ch/about/structure/

IPCC報告書の種類

IPCCの報告書にはいくつかの種類があります。具体的には、「評価報告書(Assessment Report)」「特別報告書(Special Report)」「方法論報告書(Methodology Report)」などです。

評価報告書

評価報告書は、気候変動問題全般にわたって最新の科学的知見をまとめたものです。三つの作業部会がそれぞれ担当分野の報告書を作成し、さらにそれらをまとめた統合報告書が作成されることによって、評価報告書は完成します。IPCCはこれまで、数年おきに6回にわたって評価報告書を作成してきました。

1990年に完成した第1次評価報告書は、人間の活動のため大気中の温室効果ガス濃度が上昇しており、それによって将来地球の表面温度が上昇することを改めて確認しました。同報告書は、地球温暖化対策の必要性についての世界中の政策決定者による認識の共有を促し、1992年のUNFCCCの成立に大きく貢献しました。1995年に発表された第2次評価報告書は、地球温暖化対策の緊急性・重要性を示唆する新たな科学的知見を示し、先進国に排出量削減目標を義務付ける京都議定書の合意(1997年)に影響を与えました。最近では、2013年から2014年にかけて発表された第5次評価報告書が、2015年のパリ協定の合意に大きな影響を与えました。このように、IPCC評価報告書は、気候変動をめぐる国際交渉、とりわけUNFCCCの下で、政策上の議論に科学的な根拠を与えるという大きな役割を果たしてきたのです。 2021~2023年にかけて発表された最新の第6次評価報告書(AR6)は、パリ協定の「グローバルストックテイク」(パリ協定の長期目標を達成するための世界全体の対策の進捗状況を点検するプロセス)に必要不可欠な科学的基盤として重視されています。AR6とグローバルストックテイクの結果を踏まえ、世界各国は気候変動問題についての長期的な方針と短期的な政策の再検討を迫られることになるでしょう。

表1 IPCC評価報告書の発表とその後のUNFCCCにおける国際交渉の進展

特別報告書

特別報告書は、気候変動に関わるさまざまな問題のうち特定の側面に焦点をあてて作成されるもので、多くの場合、国際交渉の中で生まれる科学的な疑問に答えるために作成されます。最近では、2018年に発表された「1.5℃特別報告書」がよく知られています。前述したように、2015年のCOP21で、各国政府は「2℃目標」や「1.5℃目標」に合意したのですが、その目標を達成することによって気候変動の影響はどの程度抑えられるのか、また、その目標を達成するために今後の温室効果ガス排出量をどの程度減らしていかねばならないのか、など、各国政府にはまだまだわからないことがありました。このためCOP21は、それらの疑問について科学的な助言をするようIPCCに要請しました。その要請に応えるため作成されたのが、「1.5℃特別報告書」です。

方法論報告書

TFIが作成する方法論報告書も、国際交渉や気候変動対策の進展に重要な役割を果たしてきました。代表的な方法論報告書である「国別温室効果ガスインベントリーに関するIPCCガイドライン」は、各国が温室効果ガス排出量・吸収量を自ら算定して報告するための共通の方法論を示すもので、UNFCCCや京都議定書における測定・報告・検証(MRV: Measurement, Reporting and Verification)の基盤となってきました。パリ協定においても、各国による温室効果ガス排出量・吸収量の計算・報告にはIPCCガイドラインの使用が義務付けられています。

日本の貢献

日本は長年にわたってIPCCに貢献してきました。各作業部会が作る評価報告書や特別報告書などに、日本の科学者たちも数多く執筆者として参加しています。IPCC全体の副議長を日本から出していた時期もありました。

そして、これはあまり日本の人々に知られていないことなのですが、日本はとりわけTFIと深い関係を持ち、その活動に多大な貢献をしてきています。例えば、TFIの発足時から今日に至るまでずっと、日本の専門家がTFI共同議長を務めてきました。また、IPCC全体の事務局(在ジュネーブ)のほかに各作業部会とTFIはそれぞれに事務局機能(技術支援ユニット=TSU)を持っていますが、このうちTFIのTSUは、日本政府の支援により地球環境戦略研究機関(IGES)に1999年に設置され、現在に至るまで精力的に活動を続けています。IPCCの中で、20年以上もの長きにわたって共同議長やTSUが同じ国にあり続けた例は、ほかにはありません。2006年には、IPCC総会の要請により、パチャウリIPCC議長(当時)から小池百合子環境大臣(当時)に、TFIに対する日本のサポートを称える感謝状が贈られましたが、これもIPCCの長い歴史の中で異例のことでした。

日本がTFIと深い関係を持つようになったのは、TFIが京都議定書の合意を契機として発足したことと無縁ではないと思います。また、TFIの発足当時、各作業部会のTSUは欧米に偏っており、新たに設置されるTFI TSU がアジアの日本に設置されるのは地理的バランスの観点からも望ましいことだった、という背景もあるでしょう。(図3参照)

2023年7月末に始まった現在のIPCC第7次評価機関においても、地球環境戦略研究機関(IGES)の榎剛史氏が、TFI共同議長として活躍中であり、その下でTFI TSUは活動を続けています。パリ協定の下で今後ますます重要となる国家温室効果ガスインベントリーと、その作成方法論の開発・改良に責任を持つTFIの活動については、また機会があればご紹介したいと思います。

図3 TFI発足当時(1999年)のTSU設置状況
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