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専門家コラム

地球規模でのカーボンニュートラルと生態系を利用したCO2削減 

公開日 2024.08.15 最終更新日 2024.08.15

三枝 信子

国立研究開発法人
国立環境研究所
地球システム領域
領域長

世界の気温と極端現象はどうなっているか 

2011~2020年の世界の平均気温は、産業革命前と比べて既に約1℃上昇しています(IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書)。陸上の気温上昇は海の昇温よりも速く進んでおり、陸上の気温は既に1.6℃上昇しています。世界の陸上では極端な高温や大雨、干ばつなどの「極端現象」の頻度が上がっており、極端な高温の発生頻度は世界のほとんどの地域で増加しています(図1)。 

図1.1950年代以降に観測された「極端な高温」の変化。赤は観測された変化として極端な高温が増えている地域を表す。IPCC第6次評価報告書 第1作業部会報告書 政策決定者向け要約(気象庁による暫定訳)図SPM.3。

地球温暖化はどのように認識されてきたか 

今から約30年前の1990年に発表されたIPCCの第1次評価報告書では、人為起源の温室効果ガスは気候変化を生じさせる「恐れがある」と記載されました。それから約10年度(2001年)のIPCC第3次評価報告書までには観測データやモデル解析が進み、過去50年間に観測された温暖化の大部分は温室効果ガスの増加によるものだった「可能性が高い」と報告されました。 

そして最近(2021年)発表されたIPCC第6次評価報告書では、人間の影響が地球を温暖化させてきたことには「疑う余地がない」という断定的な表現が用いられました。加えて、人為起源の気候変動は、「極端現象の頻度と強度の増加を伴い、自然と人間に対して、広範囲にわたる悪影響と、それに関連した損失と損害を自然の気候変動の範囲を超えて引き起こしている(IPCC第6次評価報告書 第2作業部会報告書)」と、さらに踏み込んだ解釈が示されました。 

この間に、地球温暖化を抑えることは防災や食料供給、水資源や生態系の保全にも重要であることは世界に知られるところとなり、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」では、世界の平均気温上昇を産業革命前と比べて2℃より十分に低く保ち、1.5℃までに抑える努力をすることが目標として設定されました。そのために、2050年までに温室効果ガスの「人為的な排出量」を、「人為的な吸収量」とバランスさせること(カーボンニュートラル)が必要とされています。 

人間活動と自然による温室効果ガスの排出と吸収

パリ協定が「人為的な排出量と吸収量をバランスさせる」ことを目標としているのは、地球には、温室効果ガスの「自然起源による」排出源や吸収源があるためです。 図2に、人間活動(人為)と自然による二酸化炭素(CO2)の排出量と吸収量を地球全体で2011年から2020年についてまとめた結果を示します。図の左側には、人間活動によって排出されるCO2を示し、その89%は化石燃料の燃焼等によるものであることを示しています。残りの11%は森林伐採などの土地利用変化による排出です。森林減少は今でも熱帯・亜熱帯地域で進んでいます。 

図の右側はCO2の蓄積または吸収を表しています。右上には、人間活動により排出されたCO2の48%が大気中に蓄積されていることが示されています。地球大気のCO2濃度を上昇させているのはこの部分です。続いて、人間活動により排出されたCO2の29%が陸上(主に森林)で吸収され、26%が海に吸収されていることがわかります。 

図2.地球全体の人為及び自然の吸収・排出量の推計結果。(2011~2020年)グローバルカーボンプロジェクトによる「カーボンバジェット2021」を改変。(https://www.globalcarbonproject.org)

つまり、現状では人為的に排出されたCO2の半分強が森林または海に吸収されていることがわかります。この結果を見ると、「人間がCO2を出しても、森や海がその半分を吸収してくれるなら安心だ。それに、大気中のCO2濃度が今より上がれば、森や海はCO2をもっと吸収してくれるようになるのではないか?」と思う人もいるかもしれません。しかしそう簡単にはいきません。

気候の将来予測は、世界の複数の研究機関で開発されている「気候モデル」を使って行いますが、大気中のCO2濃度が上昇したときに森林や海にどのくらいの速度でCO2が吸収されるかは既に考慮されています。その上で、2050年頃までにカーボンニュートラルにすることが必要であると見積もられているわけです。

そして、もし現時点の予測を超えて森や海による将来の吸収量が減るようなことがあれば、大気中のCO2濃度は私たちの予想より早く上昇してしまうかもしれません。 

将来の気候のもとで、森や海による吸収量が減るかもしれない原因としては、例えば世界の森林で極端な高温や干ばつが頻繁に起こるようになり、大規模な森林火災が頻発してCO2の排出量が予想よりも多くなる可能性が挙げられます。また、高緯度地方には「永久凍土」があってその中に大量の有機炭素やメタンが閉じ込められていますが、温暖化が進むと、凍土がとけて地中から炭素やメタンなどが予想よりも速く分解されて出てくる可能性もあります。 

このように、地球上には森林や海といった自然の吸収源がありますが、それらを人間が地球規模でコントロールすることはできないので、パリ協定では、まず「人為的な温室効果ガスの排出量」を、「人為的な温室効果ガスの吸収量」とバランスさせることを目標としています。 

各国の削減目標は十分か 

パリ協定の長期目標を達成することをめざし、日本を含む世界各国は、「国が決定する貢献(NDC)」と呼ばれる温室効果ガスの削減目標を作成しています。(NDC: Nationally Determined Contribution) 。この削減目標を各国が達成すれば地球の気候は安定するのでしょうか。 

図3は、異なる将来シナリオに基づく温室効果ガス排出量の推移を示しています。横軸は年を表し、2020年までの排出量(黒い線)は過去の実際の排出量を表します。そこから先の2050年まで延びている色のついた線は、排出削減に関する異なる政策をとったときに将来の排出量がどのように推移するかを示しています。 

赤い線は、各国が現在実施している政策を将来も継続した場合です。この場合、温暖化を2℃までに抑えることができません。緑と空色の線は、いまからすぐに排出削減を急ぐと同時に社会変革を進めるなどして、温暖化を2℃または1.5℃に抑えることをめざす政策を実施した場合を示しています。紺色の線は、2030年まで各国がNDCに定めた削減目標を達成する政策を進め、その後で強い削減策を実施した場合です。この図を見ると、2030年までNDCの達成を目標にするのでは、温室効果ガスの削減は十分には進まないことがわかります。 

図3.異なる将来シナリオに基づく温室効果ガス排出量の推移。IPCC第6次評価報告書 統合報告書(Longer Report)図2.5を改変。

人為的な吸収源拡大 

ではどうしたらよいのでしょうか。パリ協定の長期目標を実現するためには、まずは人間活動によるCO2排出量の9割を占める化石燃料燃焼等による排出量を急速に減らすことが最重要です。そのためには、自然エネルギーを最大限活用した発電を拡大したり、産業・運輸部門のさまざまな過程での脱炭素化、オフィスや家庭での活動に伴う排出削減を進めることが必要です。 

それと同時に、世界全体では人間活動によるCO2排出量の1割を占める、土地利用変化に伴う排出量も減らさなければなりません。これは農地を得るための森林伐採によるものが多いことから、今すぐ世界の森林減少や劣化を止めることが必要です。 

ただし、世界各国が協力して技術革新を急ぎ排出削減を進めたとしても、どうしても「排出ゼロ」にできない部分は残るでしょう。その一つは、例えば人間の食料を供給するための農耕地や畜産からの温室効果ガス発生などです。 

そのため、カーボンニュートラルを実現するには、温室効果ガスの排出を減らすことと同時に、人為的に温室効果ガスの吸収源(ネガティブエミッション)を拡大していかなければなりません(図4)。

 人為的な吸収源には、大規模な新規植林や再植林を進めて森林へのCO2吸収量を増やす方法があります。しかし、広大な土地を人工林に変えれば、その周辺で水資源が枯渇したり、食料を生産する農地が減って食料価格が上がる可能性があります。また、人工林拡大のために自然林が減ることで、生物多様性が損なわれるという問題も起こります。 

図4.さまざまな人為的なCO2吸収源(ネガティブエミッション)

バイオ燃料作物を使って発電を行い、発生するCO2を回収して地層中などに隔離する「CO2回収貯留(BECCS)」という方法もあります。現時点ではまだ大きなコストがかかっていますが、IPCC土地関係特別報告書では、BECCSを気候変動対策として活用したときのシナリオを検討しています。その結果についてはこのあと解説します。 

沿岸に生育するマングローブ林などの生態系を保全することによりCO2吸収量と炭素蓄積量を増やそうという取組(ブルーカーボン)も検討されています。海岸付近の生態系を保全することは、台風などによって発生する高潮や、温暖化に伴う海面上昇の影響を緩和することができるので、気候変動の影響への適応策や防災・減災の視点からは効果が期待できそうです。ただし、ブルーカーボンだけでは地球全体で大気中のCO2を減らす規模にはなかなか届かないのが現状です。 

植物が大気からCO2を吸収し樹木などに蓄積した炭素を「バイオ炭」として農地の土壌に投入し、土壌中に長期的に蓄積する炭素量を増やそうとする取組もあります。バイオ炭を土壌改良剤として利用することにより生産量が増えるなどの効果があれば、普及の効果はあるでしょう。いっぽうで、バイオ炭が短期間に分解されて再び大気中にCO2として出て来ない方法をとるように注意が必要です。 

他にも、木材を長期的に分解しにくい素材に加工して建築物等に利用し、都市や住宅地に炭素蓄積しようとする取組や、化学反応により大気中のCO2を直接固定しようとする研究も進められていますが、いずれも地球規模で大気中CO2濃度の上昇を抑える効果を得るほどの大規模化はまだ実現していません。

 温暖化を1.5℃に抑えるための削減シナリオ 

2018年に発表されたIPCC1.5℃特別報告書では、今世紀末の地球温暖化を1.5℃に抑えるために、ネガティブエミッションを含むどのような排出削減シナリオが考えられるかを検討しました。 

図5.気温上昇を1.5℃までに抑える排出削減シナリオ(IPCC 1.5℃特別報告書)

図5の3つの図は、地球温暖化を1.5℃までに抑えるための異なる排出削減シナリオを表しています。左端は、今すぐ世界各国が持続可能性を重視して急ぎ排出削減を進めるシナリオです。この場合、化石燃料等による人為起源のCO2排出(図中の灰色)を急速に削減する必要があります。そうすれば1.5℃目標は達成できるとしていますが、このシナリオのもとでも、最後はBECCSなどのネガティブエミッション(黄色)を実施する必要があるとしています。土地利用変化によるCO2排出(オレンジ色)も、できるだけ早くゼロにして、かつマイナス(吸収源)にしなければなりません。 

図5の右端は、2030年頃まで化石燃料依存の社会を継続し、人為起源の排出削減が遅れるシナリオです。このシナリオでは、化石燃料起源の排出削減を先延ばしにすることにより、2030年以降にBECCSなどのネガティブエミッションを極めて大規模に進めなければ今世紀末の1.5℃達成には間に合いません。仮にこの規模のBECCSを実行するとしたら、2030~2050年の短期間に、世界で約400万㎞2(インドの面積を超える)という広大な土地をバイオ燃料栽培地に転換した上で、その燃焼によって発生するCO2を全て隔離する必要があります。それだけの土地と水資源を確保し、全てをBECCSに回すことは現実的ではないといえるでしょう。 

まとめ:生態系・水・食料供給と調和する気候変動対策を 

まとめますと、パリ協定の1.5℃目標達成には、第一に世界各国が温室効果ガスの人為起源排出、特に化石燃料起源の排出を急速かつ大幅に削減する野心的な取り組みが必須です。排出削減の先送りは高いコストとリスクを伴います。 

1.5℃目標の達成には、森林減少の防止と同時に新規植林の拡大、バイオ燃料作物の利用をはじめとするネガティブエミッションも想定されています。しかし、バイオエネルギー用の樹木や作物の生産および利用は、土地劣化、食料不安、加工や運送経路における排出量増加を生じ得ます。バイオマスの残渣や有機廃棄物の利用は土地利用圧を緩和しますが、残渣の量には限界があります。 

気候変動対策の推進には、持続可能な森林管理による森林の炭素ストックの維持および強化も重要です。加えて、生態系と水資源の保全、食料供給の確保と調和する気候変動対策という視点に基づき、どの生態系を保全し、どの生態系を利用するかという土地利用のゾーニングや統合的な影響評価、生態系サービスへの支払いなどの制度、持続可能な生産のための基準や認証といった制度も整えていく必要があるでしょう。 

気候変動対策の一つとして食品ロスと食品廃棄の削減を含む食料システムの改善も提唱とされています。例えば、2010~2016年に世界で生産された食料の25~30%は廃棄され、その量は世界全体の人為起源温室効果ガス総排出量の8~10%に相当すると推定されています(IPCC土地関係特別報告書)。さらに、動物起源の食品に比べて植物起源の食品(穀類や豆類等)は、その生産に要する土地・水・エネルギー消費が少ないことから、植物起源の食料を多く摂る食生活に変えることで、一定の削減ポテンシャルを期待できるともされています。 

気候変動対策のあらゆる可能性を追求し、生態系や水資源の保全、食料供給などと調和する気候変動対策を進めていくことが求められています。 

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