排出量算定 CBAM用語&スケジュールまとめ 公開日 2026.09.14 最終更新日 2026.09.14
松井 大輔
(監修者経歴) 東京大学 醍醐研究室卒業、株式会社ゼロック 代表取締役、東京大学 先端学際工学専攻 博士課程、EPD検証員、省庁事業や上場企業のLCA関連コンサルティング業務等幅広く対応
本記事では、EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)に関して、実務上よく使用される主要な用語と、今後予定されている主なスケジュールを整理しています。
CBAMでは、EU規則や実施規則、欧州委員会のガイダンス等において独自の用語が多数使用されています。これらの用語には、日本語として定訳が確立していないものや、文脈・資料によって異なる訳語が用いられているものもあります。本記事では、原文の意味や実務上の分かりやすさを踏まえて日本語訳を付していますが、必要に応じて英語の原文も併せてご確認ください。
また、CBAMに関する制度・手続・各種期限は、欧州委員会による追加規則やガイダンスの公表等により変更・更新される可能性があります。本記事では公開時点で確認できる最新情報をもとに整理していますが、実際に申告やモニタリング、検証等の対応を行う際には、必ず欧州委員会やEUR-Lex等の公式情報をご確認ください。
今後、新たな規則・実施規則・ガイダンスの公表やスケジュールの変更があった場合には、本記事も随時更新する予定です。
なお、本記事はCBAM制度の全要件を網羅するものではありません。個別の製品、製造拠点、輸出入形態等によって必要となる対応が異なるため、具体的な対応にあたっては各社の状況に応じた確認が必要です。
CBAM用語 CBAMとは何か 用語 説明 炭素国境調整メカニズム (Carbon Border Adjustment Mechanism (CBAM)) 欧州連合(EU)が導入した、輸入製品の炭素含有量に価格を課す制度。EU域内企業が排出量取引制度(EU ETS)によって負担している炭素コストを、域外からの輸入品にも同様に課すことで、公平な競争条件を確保することを目的とする。対象品目は鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力、水素の6分野で、気候変動対策が不十分な国への生産拠点移転(炭素漏出)を防止し、世界的な排出削減を促す。2023年10月の移行期間開始を経て、2026年1月より金銭的負担を伴う本格適用が開始されている。世界初の炭素に係る国境調整措置である。
政策・統治機関 用語 説明 欧州委員会 (European Commission) EUの行政機関であり、あらゆるEU法の執行を担う。CBAMにおいても、制度全体の管理・監視を主導している。具体的な役割には、炭素排出量の算出に使用するデフォルト値の設定、各国の管轄当局との連携、登録簿の運用、不正確な報告に対する是正勧告などが含まれる。また、CBAMの対象品目を将来的に拡大するかどうかの検討や、実施規則・委任規則の策定を通じた細則の決定など、制度の運用の根幹を支える司令塔として機能する。輸入者は、欧州委員会が運営する共通中央プラットフォームや登録簿を通じて、データの提出や証書の取引を行うことになる。 EU理事会 (Council of the European Union) EU加盟各国の閣僚によって構成される意思決定機関。欧州議会とともに、CBAMの基本規則(Regulation (EU) 2023/956)を審議し、採択した。制度の導入にあたっては、加盟国間の利害調整を行い、特に他国での炭素価格の扱いに関わる外交的な側面や、域内産業への影響を考慮した政治的な合意形成を担う。CBAMの運用開始後も、制度の変更や対象範囲の拡大、他国との二国間合意の承認など、法的枠組みの最終決定において重要な役割を果たす。 欧州議会 (European Parliament) EU市民から直接選出された議員で構成される立法機関。CBAMの制定過程において、環境保護の観点からより厳格な基準を求め、対象範囲への水素の追加や、無償割当の早期廃止スケジュールなどを積極的に提案した。本格適用開始後も、制度が当初の気候変動対策としての目的を達成しているかを監督し、必要に応じて規則の修正を求める権限を持つ。CBAMが実効性のある気候政策として機能するよう監視を続ける。 管轄当局(National Competent authority, NCA) 各EU加盟国において、CBAMの運用と執行を実務レベルで担当する行政機関。輸入者の「認可申告者」としての承認、提出された報告書の内容精査、証書の販売と支払い、および義務違反があった場合の制裁金の賦課などを担う。各国で担当部署が異なり、環境省が担う国もあれば、税関や財務省が担う国もある。欧州委員会と密接に連携し、中央登録簿のデータを参照しながら、域内に入るCBAM対象品が正しく処理されているかを監視する「現場の番人」である。輸入者は原則として、自社が拠点を置く国の当局とやり取りを行う。 欧州グリーンディール政策 (The European Green Deal) 2050年までに欧州を世界初の気候中立な大陸(温室効果ガス排出実質ゼロ)にすることを目指す、包括的な成長戦略。エネルギー、輸送、農業、産業などあらゆる分野での脱炭素化を掲げており、CBAMはその目標達成のための重要な経済的政策の一つである。域内産業のグリーン化を促進する一方で、環境規制が緩い他国からの輸入によってグリーン化が損なわれないように保護する「盾」の役割を担う。これは単なる環境政策ではなく、クリーン技術における欧州の産業競争力を強化するための産業戦略としての側面も強い。 Fit for 55 (‘Fit for 55’ package) 2030年までに温室効果ガスを1990年比で少なくとも55%削減するというEUの法的義務を達成するために策定された、法案パッケージの名称。CBAMはこのパッケージの一部として提案された。既存のEU ETSの強化、再生可能エネルギーの導入加速、自動車の排出基準の厳格化などと連動しており、これらすべての施策を組み合わせることで、パリ協定に整合するスピードでの脱炭素化を目指している。CBAMは、このパッケージの中でも特に国際貿易に関わる部分を担い、域外からの炭素流入を調整する不可欠な要素となっている。
制度・経済的枠組み 用語 説明 デミニミス免除(De minimis exemption) CBAMにおけるデミニミス免除(De minimis exemption)とは、輸入される対象製品の価値や量が一定基準以下である場合に、排出量報告や証書の購入といった義務をすべて免除する規定を指す。主たる免除基準は、少額貨物であること(1貨物あたりの本来的価値が150ユーロ以下)、もしくは少量輸入であること(年間累積輸入重量が50トン以下)である。これらの措置は、微価値・微量な製品輸入に対して過度な行政コストが生じるのを防ぐためのものだが、意図的な貨物分割による免除逃れは厳格に禁じられていることに留意が必要である。また、電力や水素など一部の品目には②の免除は適用されない点にも留意する。 炭素集約的 (Carbon-intensive) 製造工程において、製品単位あたりの二酸化炭素排出量が多いもの・状態を指す。CBAMの第一段階の対象となっている鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力、水素は、化学反応や高温での加熱プロセス、大量の電力消費を伴うため、典型的な炭素集約的産業とされる。これらの産業は排出量が多い反面、脱炭素化のためのコストも極めて大きく、炭素価格の影響を強く受ける。CBAMは、まずこれら最も炭素集約度の高い製品から適用が開始され、段階的に他の産業へ拡大されていく予定である。 炭素漏出 (Carbon leakage) EUの厳しい環境規制により域内企業の製造コストが上昇した結果、規制の緩い域外へ生産拠点を移転させたり、炭素集約的[叶内7.1][寛山7.2]な安価な輸入品が域内製品を市場から追い出したりする現象。これが起きると、EU内での排出は減っても地球全体での排出量は削減されず、むしろ増加するリスクがある。CBAMの最大の導入目的はこの炭素漏出を防止することにあり、輸入品に対しても域内生産と同等の炭素コストを課すことで、企業が規制を逃れるために域外へ逃げ出すインセンティブをなくし、グローバルな排出削減を担保する。 炭素価格制度(Carbon pricing) 排出される温室効果ガスに金銭的な価値を付け、排出者にその支払いを求める仕組み。代表的なものに、排出量に直接課税する「炭素税」と、排出枠を市場で取引する「排出量取引制度(ETS)」がある。CBAMは、EU域外で支払われた炭素価格を考慮するように設計されており、原産国ですでに炭素税などが支払われている場合は、その分をEUでのCBAM証書の提出義務から差し引くことができる。これにより、二重課税を避けつつ、世界各国での炭素価格制度の導入と強化を間接的に支援する役割も果たしている。 EU排出量取引制度 (EU Emissions Trading System (EU ETS)) 2005年に導入された、世界最大級のキャップ・アンド・トレード型排出量取引制度。発電所や大規模工場、航空セクターなどからの排出量に上限(キャップ)を設け、企業は「排出枠」を購入または無償割当を受ける必要がある。CBAMは、このEU ETSとの整合性を保つように設計されており、輸入者が購入するCBAM証書の価格は、EU ETSにおける排出枠(EUA)のオークション価格に直結している。EU ETSの対象企業が支払うコストと、輸入業者がCBAMで支払うコストを同一にすることで、国際的な公平性を担保し、域内産業の脱炭素投資を支援する。 無償割当 (Free allocation) EU ETSにおいて、炭素漏出のリスクが高い産業(鉄鋼、アルミ等)に対し、国際競争力を維持するために排出枠を無料で配布する仕組み。これまでは域内産業を保護する主要な手段だったが、CBAMの導入により「輸入品への課税」が可能になったため、WTOルールに基づき、二重の保護とならないよう無償割当は段階的に削減・廃止されることが決まっている。具体的には、2026年から徐々に削減が始まり、2034年には完全にゼロとなる。この無償割当の減少に合わせて、CBAMによる証書購入義務の実質的な割合が増加していく仕組みとなっている。 CBAM係数 (CBAM factor) EU ETSにおける「無償割当」が継続している期間中、輸入者が支払うCBAM証書の購入量を計算する際に適用される調整係数。EU域内企業がまだ無償で排出枠を受け取っている場合、輸入者に100%の課税を行うと輸入品に対して不利な差別となるため、域内企業が負担しているコストと同等になるよう、証書提出義務量を減免する役割を持つ。無償割当が段階的に削減されるにつれ、このCBAM係数も変化(低下)していき、最終的に無償割当がゼロになった時点で係数も1(100%負担)となり、輸入品は排出量に応じた全額を支払うことになる。 賦課金 (Levy / Financial obligation) CBAMに基づいて輸入者が負担しなければならない支払い義務のある金銭の総称。具体的には、輸入製品の体化排出量に見合う分の「CBAM証書」を購入し、支払いすることを指す。これは一般的な関税(輸入額に対する課税)とは異なり、製品の炭素含有量(トン)に対して課される環境的な支払い義務である。価格はEU ETSの排出枠価格と連動しているため、市況によって変動するリスクを伴う。移行期間中は報告義務のみだが、本格適用後はこの賦課金が企業のコスト構造に直接的な影響を与えるため、脱炭素化による排出削減がコスト削減に直結することになる。 CBAM証書 (CBAM certificates) 輸入製品の体化排出量1トンにつき、1枚の提出が義務付けられる電子的な証書。EU ETSにおける排出枠(EUA)と類似しているが、CBAM証書は市場で自由に二次取引(転売)することはできず、原則として輸入者が当局から購入し、自身の申告義務を果たすために使用する。輸入者は、過剰に購入した証書の一部を当局に買い戻させることができる(制限あり)が、基本的には必要量を予測して計画的に購入・保有しておく必要がある。
排出量・製品の定義 (Emission & Product Definitions) 用語 説明 体化排出量 (Embedded emissions) 製品の原材料調達から製造工程を経て、製品が完成するまでに排出された温室効果ガスの総量(CO2換算)。CBAMにおいては、製造施設内で直接発生する「直接排出量」と、製造に使用された電力等に由来する「間接排出量」を合計したものを指す。また、原材料としてCBAM対象品目(前駆体)が使用されている場合、その前駆体に体化されている排出量も合算して計算しなければならない。これは「ゆりかごからゲートまで(Credle to Gate)」の範囲をカバーする考え方であり、製品の真の環境負荷を測定し、炭素価格を適用するための基準となる。 直接排出量 (Direct emissions) 製造施設内で、燃料の燃焼、製造プロセスの反応、加熱・冷却などに伴って直接大気中に放出される温室効果ガスの量。これには、施設が所有または管理する発生源からの排出が含まれる。CBAMの算定において最も基礎となるデータであり、燃料の使用量や組成データに基づく「計算ベース」または、煙突からの排出ガスを直接測る「測定ベース」で算出される。施設が排出する全てのガスが対象ではなく、CBAM規則で指定された特定の製造ラインに関連する排出のみを正確に按分して集計する必要がある。 間接排出量 (Indirect emissions) 製品の製造プロセスにおいて消費される「外部から供給された電力、加熱、蒸気、冷却」を生成する際に発生した温室効果ガスの量。製造施設自体の煙突から出るわけではないが、その製品を作るために間接的に貢献した排出としてカウントされる。CBAMでは現在、セメントと肥料のみ、間接排出も申告の対象となっている。電力の排出係数は、原則として各国の電力網の平均値を使用するが、製造業者が発電事業者と直接的な電力購入契約を結んでいる場合など、特定の条件下ではより低い係数を使用できる場合がある。 前駆体 (Precursors) 最終製品(川下製品)を製造するために使用される、それ自体もCBAMの対象となっている原材料や中間製品。例えば、鋼管(川下製品)を製造する際の原料となる鋼板や鋼片、肥料を製造する際のアンモニアなどが該当する。CBAMの排出量計算では、最終製品の製造工程で発生した排出量に、使用したこれら前駆体の製造時に体化されていた排出量を加算しなければならない。これにより、製造プロセスを分断して排出量を過少に見せることを防ぎ、製品チェーン全体での炭素価格の公平な適用を担保している。前駆体データの収集はサプライヤー管理において最も困難な課題の一つである。 川下製品 (Downstream products) CBAMの対象となっている原材料(前駆体など)を加工して作られる、より完成品に近い製品。CBAM規則の附属書Iにリストアップされている品目がこれにあたる。現状では、鉄鋼のネジやボルト、アルミニウムのパイプ、肥料の混合物などが川下製品として定義されている。川下製品の体化排出量を計算する際は、その製品の製造(加工)工程自体の排出量に加え、投入された前駆体の排出量をすべて足し合わせる必要がある。将来的にCBAMの対象範囲が拡大される場合、より複雑な機械製品や自動車部品など、より広範な川下製品が含まれる可能性がある。 単純製品 (Simple goods) CBAMにおける「単純財」とは、その製造工程において、体化排出量がゼロである原材料および燃料のみを使用して製造された商品を指す。具体的には、製造にあたって他のCBAM対象品目(前駆体)を原材料として投入していないケースがこれに該当し、排出量の算定においては、当該商品の製造プロセスで直接発生した「直接排出量」と、使用した電力に伴う「間接排出量」のみを合計して算出する。原材料供給元から前駆体の排出量データを取得して合算する複雑なプロセスを必要としないため、算定フローが比較的簡潔である点が特徴であり、例えば鉱石から直接生産される未加工の金属材料などが代表的な例となる。このように、定義上は投入される原材料と燃料の性質に着目する一方で、実務上の算定には電力による間接排出も必ず算入される点に留意が必要である。 複合製品財 (Complex goods) CBAMにおける「複合財」とは、単純財以外のすべての商品、すなわち、製造工程においてCBAM対象品目(前駆体)を原材料として使用して製造された商品を指します。複合財の最大の特徴は、排出量の算定範囲に原材料の排出量が含まれる点にあります。具体的には、自社の製造プロセスで発生した「直接・間接排出量」に加え、投入した原材料(前駆体)が既に持っている「体化排出量」をすべて合算して算出しなければなりません。そのため、サプライチェーンを遡って供給元から正確なデータを入手する、あるいは規定のデフォルト値を用いる必要があり、単純財に比べて算定の実務負担が非常に重くなります。例えば、鋼鉄製のビレットを加工して作るワイヤーやネジなどが挙げられます。 CNコード (CN code) EUが定める「結合名称(Combined Nomenclature)」に基づく8桁の関税分類番号。CBAMの適用範囲は、このCNコードによって厳密に定義されている。例えば、鉄鋼製品であれば特定のコードが指定されており、輸入時に税関申告書に記載されたコードがCBAM対象リストに合致すると、CBAM報告や証書提出の義務が自動的に発生する。製品の加工度や材質によってコードが細かく分かれるため、自社製品が対象に含まれるかどうかの正確な判定は、コンプライアンスの第一歩となる。また、コード変更による義務回避は厳しく監視される。 施設 (Installation)CBAM対象製品を生産する、物理的に特定された「定置式の製造ユニット」や工場サイト全体を指す。排出量の算定は、企業全体の平均ではなく、この個別の施設単位で行わなければならない。各施設は「施設ID」を持ち、施設ごとの境界は明確にする必要がある。例えば、同じ製鉄会社でも工場Aと工場Bでは排出効率が異なるため、輸入者は「どの施設で作られたか」を特定し、その施設固有のデータを報告する。製造業者は自らの施設をCBAMシステムに登録し、その正確なデータを輸入者に提供する責任を負うことになる。
申請主体・関係者 (Declarants & Stakeholders) 用語 解説 認可CBAM申告者 (Authorised CBAM declarant) 本格適用期間において、CBAM対象製品を輸入する法的な認可を受けた主体。輸入業者は、自社が拠点を置くEU加盟国の管轄当局に申請を行い、財務状況や過去のコンプライアンス実績、ITシステムなどの審査を経て認可を得る必要がある。認可を得た者のみが、自らの名義でCBAM対象製品を通関させ、年次の申告を行うことができる。EU域外に拠点を置く製造業者や輸出者は直接申告者になれないため、EU域内の輸入者、あるいは輸入者が任命した「間接的通関代理人」がこの法的な責任を負い、証書の管理や支払いを行うことになる。 間接的通関代理人 (Indirect customs representative) EU域外の輸入者に代わって、またはEU域内の輸入者から委託を受けて、自らの名義で税関申告を行う代理人。CBAM制度において、輸入者が EU域内に拠点を置いていない場合、この間接的通関代理人が「認可申告者」としての法的義務を負わなければならない。つまり、単なる申告書類の作成や提出といった事務手続きの代行ではなく、排出量データの正確性や証書の購入義務、罰則に対する責任も代理人が負うことになる。このため、通関業者にとってはリスクが大きく、実務上は輸入者と代理人の間での責任分担やデータ提供に関する契約関係の整理が非常に重要となっている。 認定検証者 (Accredited verifier) 施設が算出した体化排出量データの正確性を検証する、独立した第三者機関。EU加盟国によって認定を受けた機関である必要がある。本格適用期間(2026年〜)では、申告者は自ら算定したデータだけでなく、この検証者による承認を受けた「検証報告書」を提出しなければならない。この報告書は単なる完了証ではなく、検証された具体的な排出数値や算定プロセスの準拠性が詳細に記録された文書であり、申告されたデータの正当性を裏付ける不可欠なエビデンスとして機能する。検証者は、製造現場の記録、燃料消費データ、計算方法などがCBAM規則に準拠しているかを厳格にチェックする。これにより、排出量の過少申告や不適切なデータの使用を防止し、制度の信頼性と公平性を担保する重要な「門番」の役割を果たしている。
報告手続き (Phases & Procedures) 用語 解説 CBAM申告書 (CBAM declaration) 本格適用期間において、認可申告者が毎年5月31日までに前年分の輸入状況を当局に報告するための正式な書類。報告内容には、前暦年に輸入された各製品の種類(CNコード)と数量、それらに体化された総排出量、および提出すべきCBAM証書の合計数などが含まれる。また、原産国で既に支払われた炭素価格に関する情報に加え、EU域内企業への「無償割当」を反映した証書数の調整についても記載し、最終的な義務履行量を確定させる。この申告は電子的に行われ、内容に不備や不正がある場合には罰則が適用されるため、輸入者にとっては年間で最も重要なコンプライアンス業務となる。 検証報告書 (Verification report) 認定検証者が、製造施設の排出量データを精査した結果、そのデータがCBAM規則に従って正確に算出・記録されていることを証明する公式な文書。本格適用期間における実測値でのCBAM申告には、この報告書の添付が必須となる。報告書には、検証の範囲、実施された手続き、検証者の意見などが詳細に記載される。もし検証者がデータに重大な誤りがあると判断し、検証不合格となった場合には、申告者はそのデータを申告に使用できないため、デフォルト値を適用することとなる。 モニタリング (Monitoring) 製造施設において特定のCBAM対象製品が生産される過程で発生する温室効果ガス排出量を、定性的および定量的に継続して特定・測定・記録・集計する一連のプロセスを指す。これは主にEU域外の製造業者(施設運営者)が実施すべき義務であり、EUが定める厳格なモニタリング原則(正確性、完全性、一貫性、透明性)に従う必要がある。このモニタリングを通じて蓄積されたデータは「モニタリング報告(Monitoring Report)」としてまとめられ、輸入者が提出する検証済みのCBAM申告書の唯一の法的根拠となる。つまり、適切なモニタリングが行われていない製品は、実測値としての証明が認められず、コスト負担の重い「デフォルト値」の適用を強制されるリスクを負うことになるため、サプライチェーン全体のコンプライアンスにおける最重要事項の一つとして位置付けられている。 モニタリングプラン(Monitoring Plan) CBAMにおけるモニタリングプランとは、製造施設が製品に組み込まれた排出量を算定・報告するための具体的な手順を詳細に定めた「運用のルールブック」である。この計画書には、排出源や源流の特定、計測機器の精度管理、算定に用いる活動データや排出係数の収集方法、さらにはデータの正確性を担保するためのデータフローと内部統制体制が明記されなければならない。モニタリングプランの策定は、算定プロセスがCBAM規則に準拠していることを検証者に証明するための不可欠なエビデンスとなる。適切なモニタリングプランが存在しない場合、実測値の信頼性が不足しているとみなされ検証不合格となる可能性が高く、結果としてデフォルト値の適用を余儀なくされるリスクがある。対象事業者にとって、本プランは、排出量データの透明性と一貫性を維持し、EU市場への継続的な製品供給を支えるための法的かつ実務的な基盤としての極めて重要な役割を担っていると言える。 税関申告書 (Customs declaration) 物品を輸入する際に、輸入者またはその代理人が税関に対して提出する公式な申告書類。CBAM制度においては、この書類に記載される「CNコード」と「原産国」が、CBAM義務発生のトリガーとなる。税関当局は、税関申告書の情報と、CBAM登録簿に提出された情報を照合し、証書が正しく提出されているかをチェックする。したがって、通関の現場でのCNコードの正確な選択は、その後のCBAMコンプライアンスの成否を分ける極めて重要なプロセスとなる。 証書の支払い/消却 (Surrender of CBAM certificates) 本格適用期間において、認可CBAM申告者が、前暦年に輸入した製品に含まれる総排出量をカバーするために、保有するCBAM証書を当局へ引き渡し、法的に無効化する手続きを指す。公式規則では「Surrender」と表現され、実務上は「償却」や「提出」とも訳される。申告者は毎年9月30日までに、前年分の総排出量1トン(CO2換算)につき1枚の証書を、CBAM登録簿を通じて提出しなければならない。期限までに必要な証書の支払いを怠った場合、提出漏れの証書1枚あたり100ユーロを超える高額な過料が課されるため、輸入業者にとっては慎重な管理が求められる。
算定手法・数値定義 (Methodologies & Values) 用語 解説 デフォルト値 (Default values) 製造施設の実測データが利用できない場合に、排出量を推定するために使用される公式の数値。欧州委員会がCNコードおよび原産国ごとに算出・公表する。原則として、各国の平均的な排出実態よりも高い数値(ワーストケースに近い値)が設定される。これは、輸入者に対して安易に推定値に頼るのではなく、製造業者から正確な実測データを取り寄せるインセンティブを与えるためである。移行期間の初期には全面的な使用が認められていたが、期間が進むにつれて使用制限が厳しくなり、最終的には複合材の排出量算定において「実測値が80%以上、デフォルト値は20%まで」という厳しい制限が課された。本格適用期間では、法的には「実測値が得られない例外的な場合」の使用が原則とされている。ただし実務上は、高額な検証費用や膨大な事務負担を回避するため、あえて割高なデフォルト値を受け入れることでトータルのコンプライアンスコストを抑制するという戦略も有効な場合がある。 2026年9月現在では、デフォルト値上乗せ率について、2026年は10%、2027年は20%、2028年は30%とすることが決定されている。 計算ベースの方法 (Calculation-based methodology) 体化排出量を算出するための主要な手法の一つ。活動データ(燃料のトン数、天然ガスの立方メートル数など)に、その燃料固有の「排出係数」を掛け合わせ、さらに必要に応じて酸化係数などの他の係数も加味して排出量を算出する。この方法は、燃料の購入記録やメーターの数値から比較的容易に算出できるため、多くの施設で採用されている。ただし、CBAM規則では係数の選択について厳格な階層(ティア)が定められており、精度が高い方法ほど優先される。製造業者は、どの計算式を用いて算出したかを詳細に記録しておく必要がある。 測定ベースの方法 (Measurement-based methodology) 体化排出量を算出するための手法。施設の煙突などに連続排出モニタリングシステム(CEMS)を設置し、排出ガス中の温室効果ガスの濃度とガスの流量を直接かつ継続的に測定する。燃料の投入量から逆算するのではなく、実際に出た量を直接測るため、理論上はより実態に近い数値を把握できる。ただし、高度な測定機器の維持管理や定期的なメンテナンスが必要であり、計算ベースに比べてコストがかかる場合が多い。CBAM規則では、特定の条件下ではこの測定ベースの使用が求められる場合があり、また計算ベースの結果との照合(検証)にも用いられる。 推定値 (Estimated values) 正確なモニタリングデータが一部欠落している場合や、移行期間の特定の時期において例外的に認められる、不完全なデータに基づく排出量の算出値。本来は実測値が原則だが、サプライヤーからの情報入手が遅れている場合などに、セカンダリデータ(業界平均値など)を用いて一時的に算出することが許容されていた。しかし、移行期間の後半や本格適用期間においては、この推定値の使用は厳格に制限され、原則として検証済みの実測値でなければならない。あくまで、制度開始初期の激変緩和措置としての性質が強い用語である。 調整値 (Adjustment / Adjustment value) 輸入製品の原産国において、その製品の製造や排出に対して既に支払われた「炭素価格」を、EUでのCBAM証書提出義務から差し引くための計算上の調整。例えば、原産国で炭素税が存在し一定額が支払われている場合、その証拠を提示することで、EUでの支払額を軽減できる。これは、国際的な二重課税を回避し、WTOルールとの整合性を保つための不可欠な措置である。ただし、単なる補助金や還付を受けている場合は調整の対象外となるなど、厳格な適格性の判断が行われる。
ITプラットフォーム・登録システム (IT Systems) 用語 解説 CBAM登録簿 / CBAMレジストリ(CBAM registry) 認可CBAM申告者の登録、証書の保有量、消却履歴、および排出量データなどを一元管理する電子データベース。欧州委員会によって運営される。輸入者が認可申告者としてのステータスを維持したり、証書の売買を行ったりするためのプラットフォームとして機能する。当局は、この登録簿を通じて各申告者の履行状況をリアルタイムで監視し、義務違反の有無を確認する。また、検証済みの施設情報や排出データも蓄積されるため、透明性の高い制度運用を支える ITインフラとしての役割が極めて大きい。 共通中央プラットフォーム (Common Central Platform, CCP) 欧州委員会が提供する、CBAMに関するあらゆる手続き(報告書の提出、認可申請、証書の管理、当局との連絡等)を一元的に行うためのITシステム基盤。移行期間においては「CBAM移行登録簿 / CBAM移行レジストリ」として機能していたが、本格適用後はより高度な管理機能を備えたシステムへと発展した。各加盟国の管轄当局もこのプラットフォームにアクセスして審査を行うため、情報の標準化が図られている。ユーザーである輸入者は、EU共通の認証システムを用いてアクセスし、膨大な排出量データを入力・管理することになる。 CBAMトレーダーポータル (CBAM Trader Portal) 輸入者やその代理人が、CBAMに関する各種手続きを行うためのウェブフロントエンド。中央プラットフォームの一部であり、ユーザーフレンドリーなインターフェースを通じて報告書の作成、署名、提出、および進捗確認ができる。また、製造施設から提供されたXML形式などのデータを一括インポートする機能なども備えている。ユーザーは自身の「EUログイン」アカウントを使用してポータルに入り、操作を行う。本格適用後は、証書の購入や消却もこのポータルから行えるようになる予定である。 CBAM管轄機関ポータル (CBAM Competent Authority Portal) 各加盟国の管轄当局の職員が、自国に登録されている輸入者の報告状況を監視・管理するための専用ポータル。一般の輸入者はアクセスできない。当局は、このポータルを通じて、提出された報告書の内容に疑義がある場合に修正依頼を出したり、未提出者に対して督促を行ったりする。また、欧州委員会と情報を共有し、リスク評価の結果を確認する際にも使用される。いわば、CBAMの執行側が使用するコントロールパネルであり、ここでの審査結果が輸入者への制裁金適用などに直結する。
規則・コンプライアンス (Legal & Compliance) 用語 解説 CBAM基本規則 (CBAM Regulation (EU) 2023/956) 欧州連合(EU)が2023年に正式に採択した、炭素国境調整メカニズムの法的根拠となる最上位の規則である。この規則は、EU域内企業が排出量取引制度(EU ETS)を通じて負担している炭素コストと同等の経済的負担を、域外からの輸入品にも等しく課すための包括的な枠組みを定義している。規則内では、対象となる6セクターの品目(CNコード)範囲、2023年からの移行期間および2026年からの本格適用期間への移行スケジュール、欧州委員会や各国の管轄当局が持つ権限、そして輸入業者が遵守すべき法的義務が厳格に定められている。EUの気候変動対策パッケージ「Fit for 55」の要石であり、国際貿易における公平な競争条件を確保しつつ、世界的な脱炭素化を促進するための全プロセスの基準点となる重要な法典である。 実施規則 (Implementing acts) 欧州委員会が、CBAM基本規則を具体的にどのように運用するかを定めるために策定する下位規則。例えば、移行期間中の報告書の詳細な様式や、排出量の計算式の細部、デフォルト値の具体的な数値などは、この実施規則によって定義されている。基本規則が「何をするか」を定めるのに対し、実施規則は「どのように行うか」という実務的な手順や技術的仕様を定める。実務担当者が日々参照するのは、多くの場合、この実施規則に記載された具体的なルールである。 委任規則 (Delegated acts) 基本規則の特定の非本質的な要素を修正したり、詳細を補足したりするために、欧州委員会に委任された権限に基づいて策定される規則。例えば、将来的にCBAMの対象品目を拡大する場合の判断基準や、認定検証者の認定基準の細かな変更などがここに含まれる。実施規則が「手続きの詳細規定」に近い役割を担うのに対し、委任規則は「制度の骨組みに対する肉付け」に近い役割を持つ。欧州議会や理事会は、この委任規則に対して一定期間内に異議を申し立てる権限を持っており、柔軟に政策を調整するための法的メカニズムである。 迂回行為 (Circumvention) CBAMの義務を不正に逃れる、あるいは軽減するために行われる作為的な商慣習。具体的には、製品に極めて軽微な加工を施してCBAM対象外のCNコードに変更する、不当に対象外の国を経由させる、あるいは製造工程を不自然に細分化して排出量を隠蔽するなどの行為が含まれる。欧州委員会はこれらの行為を厳格に監視しており、不審な取引パターンが検出された場合には調査を行い、遡って課税や罰則を適用する権限を持つ。実務上は、通常の商取引であっても、これらの疑いを持たれないよう適切な説明資料を用意しておく必要がある。
CBAMスケジュール 重要なイベントのスケジュール フェーズ 時期 項目 移行期間 2023年10月1日 移行期間開始 2024年1月31日 初回報告期限 2025年1月1日 認可申請者の承認申請開始 2025年6月1日 簡素化案の合意 2025年12月31日 移行期間終了 本格適用期間 2026年1月1日 本格適用の開始 2026年4月7日 第一四半期価格の公表日 2026年7月6日 第二四半期価格の公表日 2026年10月5日 第三四半期価格の公表日 2027年1月1日 CBAM証書価格の週次算定開始 2027年1月4日 第四四半期価格の公表日 2027年2月1日 CBAM証書販売開始(共通中央プラットフォーム(CCP)運用開始) 2027年3月31日 第一四半期CBAM証書購入期限(年初からの累積排出量の50%に相当する証書の購入が必要) ※以降、各四半期末時点で、年初からの累積排出量の50%に相当する証書を購入しておく必要がある 2027年6月30日 第二四半期CBAM証書購入期限 2027年9月30日 第一回 申告期限 2027年10月31日 第三四半期CBAM証書購入期限 2027年12月31日 第四四半期CBAM証書購入期限 対象拡大期間 2028〜2030年 対象範囲の拡大・EU ETS無償割当の段階的廃止 2030年末まで 全セクター適用 2034年 CBAM完全移行
CBAM適用範囲の推移(予定) 年 証書購入義務の割合 EU ETS無償割当率 2026年 2.5% 97.5% 2027年 5.0% 95.0% 2028年 10.0% 90.0% 2029年 22.5% 77.5% 2030年 48.5% 51.5% 2031年 61.0% 39.0% 2032年 73.5% 26.5% 2033年 86.0% 14.0% 2034年 100% 0%