微細藻類を利用したカーボンリサイクルシステムCarbon Recycle System Utilizing Sustainable Microalgae Biofuels
公開日 2024.07.26 最終更新日 2024.08.15
高岡 尚生
コスモ
エンジニアリング
株式会社
目次
1.まえがき
現在、政府は地球温暖化対策の基本的な考え方として、経済成長を制約するものではなく、経済社会を大きく変革し、投資を促し、生産性を向上させ、産業構造の大転換と力強い成長を生み出すものとしている。
具体的な施策は下記の通りである。
- 徹底した省エネ
- 再エネ最優先
- 電源,熱源および製造設備の脱炭素化
- CO2の再資源化
- 炭素クレジット制度の活用
- CO2の地中固定化
これらの施策は、現状の経済活動を維持することが前提である。
省エネについては、省エネ設備を導入する側にもエネルギー調達コストを削減できる経済メリットがあることから、これまでも進められているため、省エネの推進によってさらなるCO2削減効果を得るには技術的なハードルが高い。
また再エネの増強については、洋上風力などの大規模電源が期待されているが、建設を始め、電力系統の整備などまだまだ時間を要する。
一方、脱炭素化については、石炭火力発電への水素、アンモニア利用、燃料電池自動車や電気自動車の普及拡大が期待されているが、水素のサプライチェーン構築が課題となっている。
気候変動問題への対応は、国際的にも、成長の機会として捉える時代に突入し、各国の産業競争力を左右する重要な要素になっている。
2.エネルギーバランスの推測
これらの施策が実現できることを想定して,2018年度のエネルギーバランスフローをベースに2050年までのエネルギーバランスを推算した。
(※日本政府は2040年までを想定した施策を掲げているが、それ以上の脱炭素化が2050年まで順調に進むこととし、下記の通り前提条件を想定した。)
- 洋上風力発電設備は2040年までに4,500万kWを新設する。 ※2040年までに新たに建設する計画については「洋上風力ビジョン」を参考とした。さらに、2050年までには2040年までに新設した発電規模と同等の設備を増設する。
- 太陽光発電設備は、現在の国内の耕作放棄地28万ha に設置する。また1haあたりの発電規模は1,000kWで算出する.
- 石炭火力発電におけるアンモニア混焼割合を徐々に増加させる。 ※混焼割合は「燃料アンモニアの導入・拡大に向けた取り組みについて」を参考とし、2030年で20%、2040年で50%、2050年で80%とする。
- 運輸部門,民生部門における石油系燃料使用量は2050年に使用量がゼロとなるよう順次削減する。※自動車はすべてEVもしくはFCVとする。※一般家庭はすべてオール電化とする。
- LNG火力発電は2050年まで現状の使用量を維持する。
- 原子力発電は2010年ベースの発電量まで再稼働を実施するが電源の新設は行わない。
以上の前提条件から、2030年、2040年、2050年における一次エネルギー供給量を試算した。結果は表1の通りである。
2050年までに政府が想定している各種施策を実施した場合、2050年の一次エネルギー供給量は約12,000 PJ/年と推算できる。また、再エネ、水素・アンモニアなどの利用によって、石油・石炭の使用量を削減し、約10,000 PJ/年の脱炭素化を実施することを想定しているが、それでもまだ2050年では約7,000 PJ/年相当の化石燃料を必要とするため、実質的に約4~5億t-CO2/年が排出されることになる。
これらのことから政府が掲げている施策だけでは,2050年カーボンニュートラルを実現することは非常に厳しい状況であると考えられる。
カーボンニュートラルの実現には、更なる省エネの推進が必要であり、また、不足するエネルギーを供給するために必要とされる化石燃料(約7,000 PJ/年相当)から排出されるCO2を回収せざるを得ないと考えられる。
3.微細藻類を活用したカーボンリサイクル
前述の通り経済活動を維持しつつ、2050年カーボンニュートラルを実現するためには、化石燃料を使用しても排出されるCO2を回収、利用する技術が必要である。
そこで、微細藻類の培養技術を活用して、工場等で排出されるCO2を原料として有機物資源を製造し、その有機物資源を燃料として利用することでCO2を大気に放出させないカーボンリサイクルシステム(図1)を提案する。
ポイントは、燃焼設備から排出されるCO2を回収し、そのCO2を微細藻類によって有機物に変換し、得られる有機物をエネルギー源として燃焼利用することで、CO2を大気中に放出させないことにある。
このシステムは、CCS(Carbon dioxide Capture & Storage)とは異なり、CO2をリサイクルさせており、その変換に使用するエネルギーは太陽光であることから、いわゆるCO2を排出しない再生可能エネルギーの一つである。
4.微細藻類のCO2から有機物への変換能力
微細藻類は光合成によって、CO2を有機物に変換する能力を持っている。注目すべきは、微細藻類が通常のバイオマスに比べてCO2を有機物に変換する速度が格段に速いことである。
国内の燃料需要を1億6,000万kLとして、各種バイオマスでこれに相当する燃料油を製造するために必要な作付け面積を推定したデータを表2に示す。下三段が微細藻類(クロレラ)の試算であり、培養装置のタイプによって異なることもわかる。
一般的にバイオマスから燃料を製造しようとすると、原料バイオマスを生産する段階で、膨大な土地面積が必要であると考えられている。しかし、微細藻類のオイル生産能力は非常に高く、通常のバイオマスから燃料を生産することに比べて、効率的に生産することによって石油代替燃料として活用できることが期待される。
5.微細藻類のCO2吸収とオイル蓄積
森林はCO2の吸収源と言われている。例えば、100万t-CO2を森林が吸収するためには、約11万haが必要である。これに対し、微細藻類として同等のCO2を吸収させるには約4,600 haの面積(森林の1/24)で培養・吸収することができる。このことからも微細藻類のCO2吸収速度は森林よりも速いことがわかる。
仮に国内の耕作放棄地28万haで微細藻類を培養すると、生産されるオイル量は乾燥重量ベースで約3,000万kL/年の原油に相当すると推定される。これは、日本の現状の原油輸入量の約20%に相当する量である。
この約3,000万kL/年の「バイオ原油」を微細藻類で培養するには、約6,000万t-CO2/年が必要である。すなわち、約6,000万t-CO2/年をカーボンリサイクルすることでCO2排出を削減することが可能である。
6.微細藻類のオイル製造プロセス
微細藻類からオイルを製造する技術については、以前からも多くの研究が行われており、現在はバイオジェット燃料であるSAF(Sustainable Aviation Fuel)を製造できる可能性があることで注目されている。
微細藻類は,次の2つのプロセスでオイルを生成していると考えられている。
Step1 光、水、CO2および栄養分が充分に存在する状況で、増殖し個体数は急速に増加する。このとき光合成によって体内にデンプンを作る。
Step2 個体数の増加にともない、培養条件が変化すること(窒素成分あるいは硫黄成分の欠乏など)によって、増殖速度が低下するとともに、体内のデンプンが脂質に変換する.
この微細藻類がその体内に蓄積するオイルの種類や変換率は種類によって様々であることが知られている。
クロレラの培養におけるデンプンおよびオイルの経時変化のイメージを図2に示す。
7.エネルギー用途に応じた培養
先に述べた通り、2050年カーボンニュートラルを実現するため、化石燃料の使用によって排出されるCO2を回収し、微細藻類の持つ優れた能力によって、CO2を有機物に変換するカーボンリサイクルシステムについて、図2に示した微細藻類のデンプンおよびオイルを蓄積する特性から、利用するエネルギー用途に応じて最適な培養方法を選定することを提案する。
培養スキームの前段である増殖期(デンプンが増加する期間)は、CO2をデンプン(有機物資源)に変換するプロセスである。発電やボイラに使用するのであれば、この段階で燃料に使用することが可能である。
一方、石油代替としてジェット燃料の原料として利用する場合には、さらに培養期間を延長し、微細藻類の体内のデンプンをオイルに変換してから収穫、利用する。
このように使用する用途に応じて微細藻類の培養期間を最適化できる。これまで微細藻類からSAFを製造することを目的として、微細藻類のデンプンをオイルに変換するための培養期間が必要で、さらに、微細藻類の分離/回収、乾燥、油分抽出、水素化処理、など多くの工程を考慮していたため、コストが高くなるという課題があった。
しかし、発電やボイラ用の燃料に限定すれば、デンプンで利用できることから、培養期間が短縮されるとともに、微細藻類を分離、回収して乾燥するだけで燃料として利用できるため、大幅なコストダウンが期待できる。
8.微細藻類の培養地とCO2排出源
このカーボンリサイクルシステムの実現可能性の検討として、微細藻類の培養地と原料となるCO2発生源について位置と排出量の関係を調査した(東京大学大学院工学系研究科吉田好邦教授との共同研究)。培養地は全国の耕作放棄地を想定し、培養に必要となるCO2はエネルギー管理指定工場として登録されている国内の各工場から排出するCO2量を算出した。その分布を図3に示す。
この結果、北海道を除いて、比較的培養地と発生源の距離が近く、地産地消ベースで各地域のエネルギーシステムを構築できる可能性が高いことがわかる。
一方、SAFを製造するためには、燃料の製品規格を維持する必要があり、既存の石油精製設備を活用することが望ましいことから、既存精製設備の近郊で培養地および培養方法を選定することが必要となる。
この結果は、CO2排出源から微細藻類培養地までの配送コストを試算することにも活用でき、今後のLCAを含めたエネルギーシステムを構築することにおいて非常に有意義な検討である。
9.カーボンニュートラルとしての活用
微細藻類は光合成によってCO2から有機物資源を生産する能力を有していることから、この能力を効率的に活用することでCO2排出量を削減できるものである。
この技術をカーボンリサイクルとして活用する場合、 CO2の排出量と吸収量を均衡させることがポイントとなる。
今回、提案する微細藻類を活用したカーボンリサイクルシステム(図1)において、カーボンリサイクルシステムAは排出量と吸収量が同じなのでカーボンニュートラルで ある。
一方、カーボンリサイクルシステムBは航空機などから回収することが困難であることから、航空機などが排出するCO2と同量のCO2を原料であるバイオマスが吸収するこ とでカーボンニュートラルと言える。
微細藻類を活用する場合、その培養に必要なエネルギーを削減することに加えて、その原料となるCO2が、いつ、どこで、どれだけ排出されたものであるのかを考慮することが本質的な環境対策として重要である。
10.まとめ
微細藻類は、その体内に油脂を製造することができることから、SAFの原料を製造する技術のひとつとして注目されている。しかし、微細藻類からSAFを製造するには、多くのプロセスが必要であることから、経済性、効率性の面でまだまだ課題が多い。今回は、微細藻類の有する“CO2 から有機物を生産する能力”に着目し、発電や熱源の原料に利用する地産地消型のカーボンリサイクルシステムを提案した。
このカーボンリサイクルシステムが構築できれば、2050年 カーボンニュートラルの実現に対し、経済活動を維持するために必要なエネルギーを安定的に供給できる。特にエネルギー資源が脆弱である日本にとって、原料であるCO2および水は、海外に依存する必要がないことから、エネルギー自給率が向上することに繋がる。
また、微細藻類の培養には光合 成が必要であることから、それなりの土地面積が必要であるが、一般的にイメージされる膨大な土地が必要ではない。また、農地利用として考えれば、従来の農業に加えて、微細藻類の培養を「国産原油生産事業」となり、新たな地域産業として地方創生にも貢献できる可能性が高い。